石巻工業センバツ出場決定 常識にとらわれない采配 大切なメッセージ

石巻工業が21世紀枠で、初のセンバツ出場を決めた。

宮城県、石巻地域の野球関係者の10年近い努力によって、球児たちが地元に根差したことが大きいようだ。

監督に野球経験はない。

セオリーにこだわらず、サインが出て硬くなって失敗につながることを避け、委縮しないようにと、盗塁のサインはない。

それでも、平均で1試合2つを成功させてきた。

震災で、全校生徒の約4割が自宅の全半壊という状況となったそうだ。 そして台風被害で、9月には地盤沈下したグラウンドが浸水もした。

あきらめない姿勢がある。 グラウンドのベンチには、30以上の教訓が貼られているとも。 「あら探しをするよりも改善策を考えよう!」「決して倒れないのが良いのではない。倒れたらすぐ起き上がるのが貴いのである」など。 そして、大きく「あきらめない街・石巻!! その力に俺たちはなる!!」と。

大切なメッセージ、前を向く姿勢から、学ぶべきものが多い。

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渡辺謙さんが発したメッセージ 「足るを知る」その上で

 俳優の渡辺謙さんが1月25日、世界経済フォーラム「ダボス会議」の場に招かれ、力強いスピーチをおこなった。

サイトkizuna311
http://kizuna311.com/
を立ち上げるなど、独自の支援・発信をおこなってきただけに、説得力が含まれているし、物語がある。。

 
 全文を掲載したい。

***

 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

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仙台駅周辺は商都再開発、学童保育は有料化

近々、宮城に行くことになる。

そうなると、関連する情報がどうしても気になるし、気づきの優先順位もあがっていく。

2つのニュースを考えあいたい。

仙台市は、現在無料の学童クラブの利用料の徴収を決めた。生活保護世帯などへの減免はあるが、月額3000円を基本とする。
一方、仙台駅周辺の再開発に多額の事業費が注ぎ込まれる。

読後、どうも解せないでいる。住民合意はあるんだろうか。

所得は低くなくても、借金を新たに背負う人も少なくない被災地で。

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学童保育:仙台市が有料化へ 8月から月3千円 /宮城
(2012/1/24毎日新聞宮城版)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20120124ddlk04100063000c.html
 仙台市は23日、これまで無料だった学童保育(児童クラブ)について、原則として8月から月額3000円の基本利用料を求める方針を固めた。年間10億円超とみられる市費負担を軽くすることにした。

 市は児童館など105カ所で、保護者が日中、自宅にいない小学1~3年を保育している。運営時間は▽平日=放課後から午後6時▽土曜=午前9時から午後5時▽夏休みなどの長期休業=午前9時から午後6時。原則として無料だったが、市は保育時間を延長する代わりに有料化する方向で検討していた。

 市の案によると、平日の運営時間を放課後から午後7時15分、長期休業では午前8時から午後7時15分に広げる。一方で基本料金は月額3000円、午後6時以降の利用には同1000円の負担を求める。ただ基本料金については、生活保護受給世帯には全額を、所得税の非課税世帯には半額をそれぞれ減免する。【平元英治】
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仙台駅周辺再開発計画:16メートル幅の自由通路、両側に店舗--JR東・仙台市 /宮城
(2012/1/20毎日新聞宮城版)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20120120ddlk04020071000c.html

 ◇「商都を復興の中心に」
 JR東日本と仙台市は19日、市内で記者会見を開き、仙台駅周辺の再開発計画を発表した。両者が連携して進める東口と西口をつなぐ自由通路の整備事業では、通路の幅を現在の2・6倍となる約16メートルに拡幅する。JR東は通路両側に商業施設を建設するほか、駅東口にホテル、業務棟を18年度までに順次開業させ、「仙台を東日本大震災からの復興の中心」に据える考えだ。【平元英治】

 ◇高級ホテル、東口に建設
 計画によると、自由通路は、自然光をふんだんに取り入れる構造にし、供用開始は15年度の予定。自由通路の整備事業費は約30億円で、市が3分の2、JR東が3分の1を負担する。沿道の両側には、JR東が商業施設(地上6階、地下1階、高さ約30メートル)を整備し、にぎわいを生み出す。

 ホテル(地上14階・地下1階、約60メートル)と業務棟(地上13階・地下1階、約60メートル)の建設、整備もJR東の単独事業として進め、2棟の建設予定地は東口のバスターミナル付近を予定している。

 ホテルは17年度の開業を目指し、客室数は280程度を想定している。西口に隣接しているホテルメトロポリタン仙台に比べ、より高級感のある外観、内装にする方針。

 業務棟は18年度の開業予定で、多目的施設などを設けるが、テナント数などについてJR東は「まだ決まっていない」としている。商業施設、ホテル、業務棟の事業費は100億円単位になる見通し。

 JR東の里見雅行仙台支社長は会見で「この計画は震災前から進めてきたが、震災を経たことで東北復興を引っ張っていく大きなプロジェクトになった。JR東の中でも大変重要なプロジェクトとして取り組んでいきたい」と語った。同席した奥山恵美子市長も駅周辺の再開発を「商都仙台の新しいステップだ」と歓迎した。

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新しい希望に築こうという新しい希望に気づこう

新しい年がスタートして、よかったこともあれば、失敗もある。

でこぼこした道があって、前に進もうとすることを躊躇することも。

年が明けて20日以上もたって、年末に刻まれたメッセージがとても響いた。

心の奥底に。

***
さあこれからだ:/20 新しい希望を築こう=鎌田實
http://mainichi.jp/life/kamata/news/20111231ddm013070017000c.html
(2011/12/31毎日新聞)

3月11日、日本は

大きく変わってしまった。

お前はどんな気持ちなのか。

牛に問いかけてみた。

何も答えない。ただ、ただ

牛は寂しそうな目をしていた。

牛は何も悪くないのになあ。

25年前、チェルノブイリでは

大地が汚れ、草が汚れ

その草を食べた牛が汚れ

ミルクが汚れた。

汚れたミルクを飲んだ

約6800人の子どもが

甲状腺がんになった。

牛は悔しいだろうなあ。

命はつながって生きている。

無数の生命が

生きているこの大地を

ぼくたちは汚してしまった。

怒りと悲しみを

ごちゃごちゃに背負いながら

ぼくは東北に通い続けてきた。

3歳の子を亡くした石巻の

若いお母さんは

自分の悲しみを横に置いて

被災した人たちの

めんどうをみていた。

9カ月たった今ごろになって

つらくて、悲しくて、眠れずに

泣き続けている。

胸が苦しすぎて、今は

涙も出なくなったと言う。

なかなか力になれない。

悔しい。

南相馬の若いお父さんと

流された彼の家の跡の

冬の海の前で2人で話した。

「雪が降ってきた。

春になったら

全国からボランティアに

来てもらって、

もう一回、行方不明の

子どもを探そう。そうすれば

心の決着がつくかも……」

と、僕はポツリと言った。

「心の決着なんてつかない。

なんで2人の子どもを

救ってあげられなかったのか

多分、一生、自分を

責め続けるだろうな」

傷は深い。

あかあかと開いた心の傷口は

まだ触れることもできない。

東日本大震災で

多くのものを失った。

家や自動車や船や学校や会社。そして、家族や仲間。

世界は変わってしまった。

しかし、しかし、しかし

被災したにもかかわらず

99%は自分のために

生きながら、1%は、もっと

つらい人のために生きようと

もがいている人がいる。

いろんなモノは失ったけど

優しい心は失っていなかった。

被災地に多くの応援が入った。新しい絆ができた。

日本中があったかくなった。

みんながちょっと相手の

身になって考えられると

家庭も職場も被災地もこの国も

あたたかな血が通いだす。

すべてを失ったときなのに

大切なものが見えてきた。

不思議だ。

町は少しずつ復興へと

歩み出している。

仮設商店街でラーメン屋さんを

再開した人がいた。全員

家を津波で失った人を雇った。仕事が見つかった人は

元気になり出していた。

困難を生き抜くためには

働く場と愛する人が

必要なのだ。この先、東北は

必ず、よみがえるだろう。

でも、でも、でも

大津波がすべてのものを

さらっていった、あの光景を

ぼくたちは忘れない。

すべてはここからはじまる。

復旧でもなく、復興でもなく

明るい創造。未来をつくろう。

アラブの春が吹き荒れた。

ヨーロッパが土俵際にいる。

アメリカも元気がない。

グローバリズムと

金融資本主義に翻弄(ほんろう)されて

日本的な経済システムも

壊れかけている。

個人主義が広がり

競争至上主義が暴れまわり

価値観は多様化している。

みんなが満足する

オールマイティーの

解決策なんか見つからないが

ニヒリズムの空気に負けない。

経済の寒波に凍えながら

ぼくたちは新しい希望を

築いていく。

2011年が終わろうとしている。

いい年だった人も

つらい年だった人も

一度立ち止まって、今

この一年を振り返ろう。

チャレンジをしたけど

失敗した人。

傷つくのが、怖くて

閉じこもっていた人。

だれかのために、働きたいと

思いながら

何も、できなかった人。

それでも、新しい年は

すべての人にやってくる。

年の瀬の今日、自分に

言い聞かせた。憎しみや

悲しみは横において、いつも

だれかのために汗を流し

先のことを、恐れることなく

肩の力を抜いて、生きていく。

相手を変えようと

するのではなく

相手の身になり

相手を思いやる。そんな自分に

変わってみようと思う。

新しい年は、もうすぐ

やってくる。すべての人に

良い年でありますように!(鎌田實)

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復興へと被災地で取材をつづけるスポーツニッポン

震災後、ずっと追い続けているのはテレビや一般の新聞だけではありません。

スポーツニッポンがすばらしいのは、岩手県陸前高田市の高田高校野球部を1年間追うという企画を先に決めて、実際に記事にしているということ。

そして、野球部を通じて、被災地の状況を、球児の心、進学、地域文化などにふれながら報じているということです。

被災地は復興までは至ってないはず。

下記記事とは違いますが、現地を何度も訪れているジャーナリストによれば、復旧の途中なんだという話も、先日聴きました。

忘れることなく、その道の途中をしっかり知ろうとしながら、その知るきっかけを大事に、私なりに背景に迫っていきたいと思っています。

同紙の連載も、大切にしながら。

この3日だけでも↓

復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年~
http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/takata/index.html

一回り大きくなった体と強くなった故郷への思い[ 2012年1月21日 ]
FM局開局 被災者の精神的フォロー  [ 2012年1月21日 ]
パソコンあれば世界中で聴ける  [ 2012年1月21日 ]
12月明大野球部が訪問 広島・野村も来た  [ 2012年1月21日 ]
3年生9人は全員進路決定  [ 2012年1月21日 ]
伝統行事「スネカ」にも参加 国の重要無形文化財  [ 2012年1月21日 ]
「五葉おろし」ニモ負ケズ…白球追い春を待つ  [ 2012年1月20日 ]
「希望の灯り」…神戸から届いた絆の証  [ 2012年1月20日 ]
高田松原第1球場、解体作業始まる  [ 2012年1月20日 ]
「46会」で現状報告、伊藤コーチ支援に感謝  [ 2012年1月20日 ]
悲しみと決意…原稿用紙に記した「夢は捨てられない」  [ 2012年1月19日 ]
書くこと迷った…それでも「区切りつけるきっかけに」  [ 2012年1月19日 ]
3月11日の記憶 瓦礫の中から見つかった“甲子園”  [ 2012年1月19日 ]

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総合こども園、待機児解消は不透明

1月20日、保育制度「改革」の位置づけで、戦後ずっと継続されてきた制度を転換する政府案が示されたという。

毎日新聞は「保育所待機児童問題の解消策になりうるのかは不透明なまま。利用料などの詳細は関連法成立後に持ち越され、保護者の不安は消えていない」と指摘する。

***
◇幼保一体化:総合こども園、待機児童解消は不透明 利用料未定、保護者の不安消えず
(2012/1/21毎日新聞)
http://mainichi.jp/life/edu/news/20120121ddm002010096000c.html
 政府は20日、税と社会保障の一体改革で打ち出した新たな子育て政策「子ども・子育て新システム」の最終案を公表した。15年度をめどに、幼稚園と保育所の機能を併せ持つ「総合こども園」をスタートさせる方針を盛り込み、幼保一体化の議論はひとまず決着した。しかし、2万6000人に及ぶ保育所待機児童問題の解消策になりうるのかは不透明なまま。利用料などの詳細は関連法成立後に持ち越され、保護者の不安は消えていない。

 新制度のモデルになるのは、06年10月に発足した現行の幼保一体施設「認定こども園」だ。保育所と幼稚園を統合した東京都新宿区の区立四谷子ども園。遊戯室で5歳児約50人が歌や劇の練習にはげむ横で、ベテラン保育士の芦野美樹副園長は「幼稚園には遊戯室もピアノも潤沢な教材もある」と、保育に幼稚園の利点を生かせる魅力を語る。

 しかし、厚生労働、文部科学両省が別に補助金を出す同園の新設は、両省への手続きが必要など煩雑で、全国に762カ所しかない。その点、新制度では内閣府の補助金に一本化される。約2万3000カ所の保育所、約1万3000カ所の幼稚園が総合こども園に移行すれば、多くの子どもが保育と幼児教育を受けられる、というのが政府の説明だ。

 それでも、利用者は子どもを預けられない状態の解消を強く望んでいる。足立区の女性(27)は2歳の長男の受け入れを断られ、夫の帰宅後、深夜0時から朝6時までコンビニエンスストアで働く。待機児童の多い都市部の保育所では、フルタイムで働く親が優先されがちだ。

 新制度では短時間労働の人にも保育の権利を保障するとしている。だが、総合こども園は、幼稚園から移行する施設の不安に配慮し、0~2歳児の預け入れを義務づけていない。待機児童の8割は3歳未満とあって、東京23区のある担当者は「総合こども園では待機児童問題は解決しない」と言い切る。

 さらに、こども園の利用料など保護者が最も知りたい部分の詰めは今後となる。足立区の女性は「高収入の正社員しか利用できないなら意味がない」と懐疑的。基準を満たせば株式会社も参入でき、今の認可外施設も補助の対象となるものの、「質」を担保する基準作りさえこれからだ。【山崎友記子】
***

ほとんど内容が知らされないどころか、「詰めは今後」だとすれば、「改革」とは名ばかりと批判が高まるのは当然だ。

知らせる努力を怠っているのが政府・民主党。

ビフォー・アフターがどのようになるのか。

かつて「100年安心」とうたった年金「改革」で、内容に偽りありだったが、長編マンガでその素晴らしさを訴えたのは公明党だった。

どこをどう変えて、どうなるのか。

そしてそのどこに問題があって、どう評価するのか。

違う道はないのか。

この新たなシステムに懸念や批判を持つ保育関係者にも、その発信力が問われている。

自戒を込めて。

この記者は、昨年7月21日の同紙「記者の目」で、自治体の判断で子ども一人あたりの保育所面積の国の基準を切り下げてもいいとする、政府の基準緩和方針を「禁じ手」だとして厳しく批判した。

その後も丁寧な取材がされているように感じる。

「読者の目」も問われる。

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から揚げブーム

から揚げを売るお店が、よく行く駅の北口にも南口にもできた。

店内だけでなく、マスコミでも、たくさん鶏揚げられてる。

それケッコーだって人もいれば、やっぱりニクらしいなって人もいるはず。

いろトリドリ。

とりあつかいにご注意を!

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「日本一の給食」をつくるこだわり栄養士のドキュメンタリー

1月16日に放送された「日本一の給食」をつくる「日本一のこだわり栄養士」ともいわれる定年退職前の学校給食の管理栄養士のドキュメンタリーが、今日19日深夜(日付は20日)に再放送されます。

ぜひ、ご覧ください。

【再放送】1/20(金)AM0:15~
NHKプロフェッショナル仕事の流儀
『子供を鍛える、母の給食 管理栄養士・佐々木十美』http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0116/index.html
「手間をかけて、本物を作る」「愛情を持って、嫌いなものを出す」「子供たちはみんな家族」

「〈プロフェッショナルとは・・・〉信念を持って、自分にできる範囲内の最大の事を一所懸命するっていうか、それが私にとってはプロなのかな。それだけではなくて、遊び心を持って楽しんで、それがプラスされないといい仕事にはならないと思いますね」(管理栄養士・佐々木十美)

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歴史・文化の薫る街・京都市のリーダーに人と雇用を大切にする中村和雄さんを

私は、東京に住む30代の男性で、今度の京都市長選挙に注目しています。

福祉関係の知人が京都に多く、何度も訪れています。4年前の選挙も気になっていて、当時も中村和雄さんの公式ホームページをよくチェックしていました。でも、政策に魅力があっても、親しまれる人柄でも、共産党の推薦候補では勝負になるわけがないと思っていました。ところが、結果は951票差、大接戦での惜敗。ホンの少しの差。私に一票はありませんでしたが、すっかりあきらめていた自分にがっかりしたことをいま思い出しています。

この4年の間に、大きな変化がいくつかありました。まず、政権が交代しました。私も期待した一人でしたが、その期待は大きく裏切られました。そして、東日本大震災が起き、私たちに何ができるのか、政治・自治体の役割は何か、ゆたかさとはなど、さまざまなことが問われています。

雇用の状況も変わってきました。同じ仕事でも正規でなく、不安定な非正規に就くしかない若者が珍しくなくなりました。保育など自治体がかかわる業務にも、非正規雇用が増えました。正規雇用の枠が減り、不安定な生活と不安が広がり、見通しが持てず、特に20・30代の影響は深刻だと感じています。さらに京都市は事業所の減少率が全国の政令市でワースト2だという深刻な状況を知りました。

いま、自治体が発注などにかかわる仕事に一定の雇用条件をつける「公契約条例」が広がりつつあるようです。千葉県野田市や神奈川県川崎市、東京都多摩市などが動き出している政策です。ネット検索でも関連の報道がヒットするようになりました。4年前も今回も中村さんが一貫して訴えている「公契約条例」で一定の条件を前提にさせること、仕事を地元の業者に確保すること、この政策を市政刷新の中心に掲げる中村和雄さんに期待できます。

非正規や首切りなど厳しいなかで働く人たちと弁護士として向き合い、その解決・改善に向けて最前線を歩んできた中村さんにどうしても市長になってほしいのです。雇用のルールの徹底や改善にむけても、国や悪質な企業に対し、厳しく迫れるはずだからです。

 さらに、4年前との違いで大きいと感じるのは、私たちの安心できる生活とエネルギー政策との関係が岐路に立っているということです。福井にある原発から60キロにあるなかで今の市長は、原発再稼働について「国が判断すること」「言う立場にない」と言ってきたと知りました。報道をみるとここにきて、橋下大阪市長の関西電力への株主提案に共同する姿勢を示したようですが、リーダーシップがまったく感じられません。

 市民の先頭に立って、国や電力会社に対して厳しく脱原発を迫ることが、市民の安全を守り、国際都市・京都に観光客を呼び戻す上でも欠かせないはずです。市民の声を聞きながら、ハッキリしたメッセージを打ち出して行動するリーダーが必要です。脱原発デモが京都で2月6日以降に行われれば、その先頭を市民といっしょに歩く中村市長の姿を見ることができるのです。「行列のできる弁護士市長」はいますが、脱原発に向けて「行列を市民といっしょにつくる弁護士市長」の誕生がイメージできるいま、大きな希望を感じています。

 京都市の私立保育園で働く保育士の知人は、保育園への市の補助金が減らされて、「経験を積み重ねていく保障と安定が奪われた」「市長は公立保育園を民営化していくと言っているけれど、コストが安いはずの私立保育園の補助金も不安定にさせられている」と言っています。口々に出るのは「不安」という言葉です。保育園から安定を奪いながら、「子育て環境日本一」をマニフェストで掲げる市長に、あと4年も市政を任せていいのでしょうか。

最近、国民的作家・松本清張さんの記念館を訪ねる機会があり、その展示で最期のインタビューの言葉を知りました。「その飽くなき好奇心の根源にあるものは何ですか」と問われ、「『疑い』だね。…体制に対しても疑うし、学界的に偉い人が言ったことでも鵜呑みにせずに疑ってかかる。…もう少し加えて言うと、歴史にしても社会現象にしても、上から見ないで、底辺から見上げること」と1992年に、週刊誌に語ったそうです。
 
 それから20年がたちましたが、この言葉が重く深く感じられる状況です。政治不信、雇用不安が広がり、エネルギーのあり方などを含め、変化が求められているなか、いま必要なのは、「うのみにせずに疑うことができ、上から見ないで、底辺から見上げることのできる」リーダーではないでしょうか。

 前回の投票率は38%。投票率の低さが心配されます。雇用や原発がどうなるかを含めた今後4年間の市政の影響を大きく受けるはずの20代・30代に、特に投票に行こうとよびかけたいです。前回の京都市長選では、改革を訴える若い候補者も出ましたが、ネットで検索して出てきた出口調査(http://www.asyura2.com/08/senkyo47/msg/422.html)では、20代の得票を最も集めたのは、その候補でも、当選した門川さんでもなく、中村和雄さんです。不安を何とかしたい、今の政治を変えたいという若い声を、一人でも多く形にしてもらいたいです。

 私も20年以上前に、中学の修学旅行で京都を訪れました。この春からは、修学旅行生が、歴史、文化だけでなく、この街が人と雇用を大切にしているという姿にもふれ、その学びを「おみやげ」として全国各地に持ち帰ることができるようになるはずです。未来につながるものとして。

 国会はねじれているのに市長選では政党は「相乗り」、一部の人たちに「お任せ」、雇用は「底抜け」、そして政治と経済は「悪循環」という状況に見えます。それに対して、中村さんの政策のキーワードは「参加」「底上げ」「循環」。ピッタリはまる打開策です。その政策を早く実現してもらいたいです。そのために、市政を変えようという声を「循環」させて、投票という形で政治に「参加」する、投票率の「底上げ」へ。

 あきらめないことから希望は生まれ、広がると信じています。私に一票はありませんが、思いを発信することで、「参加」します。2月5日投票で行われる京都市長選、私は中村和雄さんを応援しています。変化を求める多くのみなさんに届くように。 

(東京都・Tamy 30代)
http://tamy.way-nifty.com/

中村和雄オフィシャルサイト
http://neo-city.jp/
市政刷新の会
http://kyo-mannaka.jp/

門川大作オフィシャルサイト
http://kyoto-daisakusen.jp/

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昨年も自殺が3万人をこえた 14年連続で

人が一生を終えるまでに、250万人が自ら命をたつことになる国。

97年までは2万人少しだったのが、98年からずっと3万人をこえている(2009年までの推移はこちらhttp://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2010/html/gaiyou/s1_01.html)。

息苦しく、生き苦しくなったなかで、抜本的な対策は打たれただろうか。

昨年5・6月に自殺者が増えたのは、女性タレントの自殺が誘発したという識者の見方もある。

どんな状況でも耳を傾ける、手を差し伸べる姿勢が、私たちに、政治に、求められているように思う。

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◇自殺者:3万人超…14年連続 11年速報値
(2012/1/10毎日.jp)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120111k0000m040037000c.html

 警察庁は10日、昨年1年間の全国の自殺者は3万513人だったとする速報値を発表した。3万人を超えたのは98年から14年連続だが、10年の3万1690人を1177人(3.7%)下回った。

 自殺者の減少は2年連続で、3万1000人を下回ったのは98年以来初めて。男性は2万867人で10年より1416人少なく、女性は9646人で239人増えた。月別で最も多かったのは5月の3367人で、最も少なかったのは12月の2088人。

 都道府県別では東京都が最多で3100人。大阪府1899人、神奈川県1824人と続く。東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県は400人、宮城県は483人、福島県は525人で、3県とも10年を下回っている。ただし都道府県別は自殺者の住所でなく遺体が発見された場所で計上している。

 一方、自殺の実態を調査している内閣府によると、遺族の話や自殺場所などから震災が直接の原因とわかった自殺者の数は、分析を始めた6月から11月までに全国で49人という。内閣府自殺対策推進室は「震災の影響はじわじわと広がる可能性があり、状況を注視して対策に取り組みたい」と話している。警察庁は年度内に確定値を公表する。【鮎川耕史】

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給食の鬼 子どもたちの人生を豊かに

学校・福祉・保育関係のみなさん、ぜひご注目ください。

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1月16日(月)午後10時~10時48分
※再放送 20日(金)午前0時15分(木曜深夜)
NHKプロフェッショナル仕事の流儀
http://www.nhk.or.jp/professional/index.html
子供を鍛える、母の給食 管理栄養士・佐々木十美

北海道東部の小さな町・常呂郡置戸町。ここの学校給食は、日本一との評判が高い。この給食を、40年かけて作り上げてきたのが、「給食の鬼」と呼ばれる管理栄養士・佐々木十美(60歳)だ。19種類のスパイスを使った本格的なカレーに、化学調味料を一切使わない味噌(みそ)汁、手作りで焼いたパン・・・地場の旬の食材にこだわったそのメニューは、1年間を通じて重なることはない。もちろん、1食あたり平均250円という予算のカベはクリアしている。
佐々木の信念は、子供にこびず、本物のおいしさを教えること。食生活が日々変化していく今、将来に渡っても通用するような“おいしさ”の基本的な感覚を教えることで、子供の人生を豊かにしたいと願う。
2012年の3月をもって、給食作りの現場を引退する佐々木。新人栄養士に心を伝える最後の日々を追った。
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宮城からの「ありがとうの詩」 50のメッセージ

被災地・宮城で全国紙を抑えて圧倒的なシェアと影響力を持つ河北新報。

震災後、「ありがとうの詩(うた)」を募集し、

460のなかから、50の作品が選ばれ、ウェブサイトにも掲載された。

老若男女のメッセージ。

詩集や曲にもなるという。

響くといい。

3・11大震災復興支援企画「ありがとうの詩」(河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/arigato/

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成人の日に 私もくどく考えていきたい

「新成人の6割強が被災地を支援」とある。

毎年行っている大手時計メーカーSEIKOの新成人対象の調査。

今回の設問は震災に重きが置かれている。

詳しい傾向は下記にまとめられている。

SEIKO 2012年新成人の東日本大震災に関する支援実態と意識調査
(セイコーホールディングス2012/1/5)PDFファイル
http://www.seiko.co.jp/dev/data/doc/20120105.pdf

「6割強」も、なのか、6割強しかなのか。

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朝日新聞社説2012/1/9

成人の日に―尾崎豊を知っているか 

 ああ、またオヤジの「居酒屋若者論」か、などと言わずに、聞いてほしい。

 キミが生まれた20年前、ロック歌手・尾崎豊が死んだ。その時のオヤジより少し下の26歳。雨中の追悼式に、4万人が長い長い列を作ったものだ。

 新聞には「高校を中退し、自由を求めて外に飛び出した彼の反骨精神が、僕を常に奮い立たせていた」と投書が載った。

 彼が「卒業」「15の夜」といった曲で歌ったのは、大人や社会への反発、不信、抵抗。恵まれていないわけじゃないのに、「ここではない、どこか」を探し、ぶつかり、傷つく。

 その心象が、若者の共感を呼んだ。尾崎の歌は高校の教科書にも採用されたほどだ。

 ところが最近は、うんざり顔をされることが多いらしい。

 オヤジと同世代、精神科医の香山リカさんは毎年、大学の授業で尾崎豊を聴かせ、感想を問うてきた。ここ数年「自己中心的なだけじゃないか」「何が不満かわからない」と、批判的な意見が増えているという。

 教室に居並ぶのは、親や世の中に従順な若者たち。キミと同い年なら、石川遼くん?

 でも、就活の道は険しいし、滑り落ちたら、はい上がるのは難しい。時代は、尾崎のころよりずっとずっと生きづらい。

 だけどキミたちは「自分にスキルが欠けるから」と、どこまでも謙虚だ。格差も貧困も「自己責任さ」と、受け入れてしまっているようにみえる。

 尾崎豊はどこへ行ったのか。

 あの時の尾崎と同じ26歳、気鋭の社会学者、古市憲寿さんには「オヤジよ、放っておいて」と言われそうだ。

 近著「絶望の国の幸福な若者たち」では、20代の7割が現在の生活に満足している、との調査結果を紹介している。過去40年で最高だ。

 将来の希望が見えないなか、未来を探すより、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。

 なるほどね。いくら「若者よもっと怒れ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。

 でも、言わせてもらう。

 私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、若者よ当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。

 だから、くどいけれど、きょうも言う。成人の日ってのは、そんなもんだ。

 ともあれ、おめでとう。
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 年明けに「絶望の国の幸福な若者たち」を書店で手にした。まだ読んでいないが、以前から気になっていたもの。

 かつて、雇用をしばるルールを自由にして、競争をあおれば、格差がある程度出たとしても、物価が下がり、幸せになれると主張する向きが政治の中枢にあった。

 非正規化、貧困、就職難、年金をはじめとする社会制度不安の中心にいるはずの若い世代。

 その社会や政治への意思表示は極めて見えにくく、過去と定義や程度はちがっても「幸福」を感じているとしたら・・・。

 私なりの世代論(世代の区切りが必要なのかどうかも含めて)を、さまざまな前提を一回は疑いつつ、まとめなければ。

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たむけんが「焼肉一生タダ」を日ハム中田に約束

人気焼肉店の経営者でもあるタレント・たむらけんじ。

1月8日のスポーツ新聞が彼の術中にハマッタ。

高校時代から超高校級のスラッガーとして騒がれ、昨年ようやく主力として活躍した、

北海道日本ハムファイターズの中田翔外野手に、今シーズン30本のホームランを打てば、店舗で一生焼肉をタダにすると約束したという。

それを日刊、報知、スポニチがいっせいに報じた。

お店の宣伝としてこれ以上の費用対効果もないだろう。

実際に中田選手が30本以上を打ったとしても、何十回も通うはずもなく。

シーズンオフでネタがないなか、

今日の紙面で各社は大きくこれを扱った。

お店の宣伝広告になっている。

さらに、1本打てば「30本」「焼肉一生食べ放題」への道となり、

10本、15本、20本、節目ごとにまた紙面になるはず。

20本をこえれば、カウントダウンとしてさらに扱われる。

テレビだって取り上げるはず。

ねらってやっているはずの宣伝戦略。

橋下・大阪市長と会合を持ったというたむらけんじ氏は、今月に入って、政界進出をほのめかす発言も行った。

スポーツ新聞にあれほどの広告を打てばどれくらいの費用がかかるか。

その意味で、コストゼロで最大限の広告を生み出したというしたたかさ。

「焼肉一生食べ放題やて、たむけん、すごいなぁ~」で話題になれば儲けもん。

それで終わらない、戦略と展開がまだまだあるはずというのは読みすぎか。

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20120107-OHT1T00227.htm

http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120108-886597.html

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/01/08/kiji/K20120108002386630.html

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バレーボール界の重鎮・松平氏逝去のニュースにふれて 「常識の延長には・・・」

私が小学校高学年の頃、バレーボールはあこがれのスポーツだった。

バレーボール=女子のスポーツのイメージはあったけれど。

テレビでは、富士フイルムのCMが流れ、徳永英明の「輝きながら」がやさしく響く中、

富士フイルムの緑のユニフォームのバレー選手が輝いていた。

代表でも、富士の選手が主力で、センターは川合、エースは熊田かな。

意表をつく三橋の一人時間差やBクイックに何度も驚かされた。

その後、残念ながら日本の男子バレーは世界の高さの前に通用しなくなっていった。

一昨年、女子日本代表が世界選手権で3位になり、ふたたびバレーボールが注目されるようになってきた。

その躍進の立役者、眞鍋政義監督の著書が昨年2冊刊行された。

『精密力~日本再生のヒント』、『チームのスイッチを入れる。 カリスマじゃなくてもできる組織を変える55の戦略』

どちらも興味深く読めた。実社会での自らの成長にも「精密力」を生かしたいと。

そんな読後感が覚めやらない状況で、

日本バレーボール界の重鎮・松平康隆さん(元バレーボール男子日本代表監督)が亡くなった。

飛び込んでの「フライングレシーブ」では、あごの骨を痛めた選手も多かったそうだ。

また、一人時間差やクイックなどを生み出したのもこの監督のもとだという。

非常識を採用することを前提とするなかでの選手のアイディアと試行錯誤があったそうだ。

眞鍋監督も著書で、アニメ「アタックナンバーワン」の「木の葉落とし」や、サッカーのオーバーヘッドキック、そして「一人時間差」などにふれ、

ロンドンオリンピックにむけて「非常識を常識にするプレーを絶賛募集中」だとしている。

松平さんは、現在の男子バレー植田監督に「常識の延長には常識の結果しか出ない。非常識の延長に、とてつもない結果がある」と諭していたという。

眞鍋・植田両監督も、その影響をうけてきた。

松平監督率いる日本男子代表がミュンヘン五輪で金メダルをとったキーポイントになったひとつの時間差攻撃は、松本清張の推理小説「点と線」で松平さんがヒントを得たもの。

心に残るオリンピックシーン(JOCサイト)
ミュンヘン 男子バレーボール
『金色の夢舞台』への道のり ~長田渚左
http://www.joc.or.jp/scene/200904.html

昨年末に眞鍋監督の著書を読み、偶然とはいえ、年始に松本清張記念館を訪ね、そして松平さん逝去のニュースにふれた私。

何ともいえないつながりを感じる。

メディアにのせて、国際大会を日本で行い、人気を定着させようとした手腕の一方、そのワンマンぶりや金銭面で負の部分もあったとも。

いずれにしても、常識を疑うということの大切さと難しさ。

「常識の延長には常識の結果しか出ない。非常識の延長に、とてつもない結果がある」という言葉、意識していきたい。

◇時間差、クイック…ニッポンバレー築いた松平康隆さん死去
(2012/1/6スポーツニッポン)
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/01/06/kiji/K20120106002374600.html

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