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2005.04.18

ヤンキー先生、独占インタビュー 母校に吼(ほ)えた「解雇してくれ」

学校という枠をこえ、著書やドラマ、講演、執筆などで、どんな困難にも立ち向かっていくことあきらめないことを強調してきたヤンキー先生こと・義家弘介さん。彼が北星学園余市高校を去ってからの動向が気になっていた。

ブログや報道で年度末内での退職が伝えられたあと、4月1日付で横浜市の教育委員に就任したことは一部報道で知った。

本人のブログホームページも2月以降は更新されず、どんな経緯や思いで退職し、次の道を選んだのか。今感じていることは何なのか、詳しく知りたかった。

たまたま、今日は仕事の関係で箱根から東京へ戻る途中、予定外の乗り換えを余儀なくされ、いつも以上にスポーツ新聞を買って、目を通した。そこで見つけた。

スポーツ報知の『ヤンキー先生、母校に吼えた 退職騒動激白「あの日解雇してくれ」と言った』(2005/4/18)という記事。見出しにも驚かされたが、本人が当時置かれていた状況と悩み、学校と生徒への愛がにじみ出ていた。


職場をやめずにたたかうべきだという声も多数あったようだが、まわりが支える状況にない中で、生徒を巻き込んでたたかうことを選択しなかった義家さん。ただでさえ、問題を抱える状況に子どもたちが置かれているなかで、さらに背負わせることからの回避。そして、逃げるわけではない、再出発で立ち向かっていくことをおそらく体現してみせる決意と覚悟。家族を持つ中での困難も含めて、さまざまな思いがかけめるぐる決断だったと私は思った。やがてまた教師として復帰するまでのプロセスかもしれない。


義家さんは、北星学園余市高等学校が、中退者を受け入れるという新聞記事がきっかけに編入した。このとき17歳。恩師となる先生と出逢う。このときから北星学園余市高校と過ごし、17年がたち、決断した。


私はどうだろう。学校や進路のことなど、さまざまな思いがかけめぐったのは15歳。あれから15年目を迎えている。あのときのさまざまな出来事で、結果的に今の仕事に就き、なんとかやってくることができている原点があるように思う。私にとっての決断は、まだわからないが。


義家さんのホームページは新しく作りなおしているそうで、4月下旬には披露できるという。注目していきたい。


・義家さんの次の「現場」でのたたかいに期待(2005/2/16)
・ヤンキー先生、母校を去る(2005/2/15)

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コメント

はじめまして。
義家氏ですが、政界への進出を考えているようですよ。
豊島区の都議候補のポスター、下半分に顔出しをしています。

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