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2005.04.07

「電車子ども」に見た大人社会のいま

 6日は夜に会議のあと、その流れで3人で飲みに行きました。11時頃に駅でわかれ、私は電車へ。ほろ酔い気味な乗客が多いものの、車両は各駅停車のため比較的すいてました。座席はほぼいっぱい、立っている人が車両に数名というくらい。

 私の乗った車両には、7名が座れる席が向かいあっているところに、6年生と思われる小学生、サッカーのユニフォームを着た子どもたちが8人座っていました。私は近いところにはいましたが、すぐ近くにいるという距離ではありませんでした。

 これがうるさい、うるさい。携帯でメールを送りあう、写メールをとりあう、足はだらっとさせて通路もなくなるくらい。靴をはいた足を席に乗せる子まで。これを大人が注意できない光景はありえないと思いつつ、ながめていました。お酒がまわっている乗客が多い中、不快な表情を見せるお兄さんはいるものの、一駅二駅と過ぎていき。

 汚いものを見るようなしかめっ面の年配の女性も、本を読んで知らん顔のおじさまも、隣でこわい顔して音楽聴いているお兄さんもとても我慢強い大人ばかりでした。私は降りる1つ前の駅を発車した段階でようやく決意しました。

 「ぼくたち、ちゃんと座ろうよ」「座り方もおかしいし、通れないし、迷惑になってるよ」。

 この二言しか言えませんでしたよ。もう一言、大人への皮肉を言いたかったのですが。小心者ですし、ほんとにかなり緊張するタイプなので、大変です。もっと年齢が上の子どもたちに言えたかどうか。


 どうしても注意しようと思った私。先月に気になっていたことがあったのです。

 内閣府が3月19日公表した「少年非行に関する世論調査」の報道に、やっぱり社会(大人)の状況を映している鏡が子どもの姿なんだろうと、同時に子どもが起こす現象は、大人社会に大きく起因しているのだろうと。

 喫煙などの少年非行を見かけた場合、「見て見ぬふりをする」という回答は54.0%で、01年11月の前回より4.2ポイント増、半数を上回る結果に。「注意する」は11.5%で4.8ポイント減。「警察官に連絡」は9.3ポイント増えたものの14.2%。見て見ぬふりをする理由は「暴力をふるわれる恐れがあるから」が78.8%。

 「少年による重大事件が増えている」と答えた人は「かなり増えている」(66.1%)と「ある程度増えている」(27.0%)を合わせ93.1%に。少年非行を招く社会環境の問題点(複数回答)に関しては「コンビニエンスストアやカラオケボックスなどの深夜営業」が50.6%(前回比11.7ポイント増)、「簡単にインターネットで暴力や性、自殺に関する情報を入手できる」が50.1%(同32.0ポイント増)。 調査は全国の成人3000人を対象に1月実施、2047人の回答(回収率68.2%)。

 あれだけの数の大人がいて、小学6年生の子どもたちに注意できないわけです。あの関連記事を読んでいなかったら私もしなかったかもしれません。

 その前日には「電車内のお客様同士のトラブル」が原因で電車が数分止まりました。電車内の一人ひとりの個室化がすすむなか、自分さえ良ければいい、リスクを全く背負わないという姿勢を子どもたちが見て育っている中で、どんな未来がひらけるでしょうか。

 何かのせいにする安易さ(無関心のせい、親のせい、社会のせい、教師のせい、政治家のせい、政党のせい、法律のせい、憲法のせい・・・)のなかで、一人の大人として私たちは現実と向き合えているでしょうか。

 私も今年で30歳に。もうそんなに若くもないなかで、善悪とかマナー、何が正しいのかという判断を行動としてやっぱり問われているのではと思うことが増えています。一番小さな家庭、狭い公共としての電車、次世代を担う学校という社会で起きている信じがたい現象・事件という鏡。どれだけ向き合ってきたでしょうか、向き合っていくのでしょうか。

 「電車男」が脚光をあびていますが、「電車子ども」はどうですか? そして、「電車大人」たちは?

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コメント

 SASKEです。いつも勉強させていただいております。

> この二言しか言えませんでしたよ。もう一言、大人への皮肉を言いたかったのですが。小心者ですし、ほんとにかなり緊張するタイプなので、大変です。もっと年齢が上の子どもたちに言えたかどうか。
 tamyさんが勇気を奮っての行為に敬意を表します。周りの電車大人たちも、心の中で、拍手喝采、称賛していたのではないでしょうか。「小心者ですし、ほんとにかなり緊張するタイプ」というのは、僕も同じです。

 以前、tamyさんに紹介したところの689に関連したことを書いていましたので紹介します。


 たまたま出会った親子、日付が変わるかどうかという深夜、1歳になるかならないかの子をつれて、男と女が、居酒屋に入ってくるのを、ごく最近見かけました。一緒にいた女性が指摘するまで、そんなに小さい子であることに気付かなかったのですが、見たとたん、ムカついて、「意見してくる」と席を立とうとしたのですが、同席の女性に止められました。そんなことで、喧嘩になって、怪我したり死んだりするようになってもつまんないんじゃない? 確かに、明日、朝から重要な役割がある、そこに穴をあけるわけにはいかない。それも、再認識しつつも、じゃあわかった。あなたがいるところで、事を起こすことはしない。清算するから、先に帰って。などのやり取りもしましたが、結果的には、その子連れの客を置いて、二人で出て行くことになりました。
 まだ若かりし頃、地上の禁煙はまだまだ進まない頃、地下鉄はいち早く禁煙化が進みました。その地下鉄に、少し酔ってもおりましたが、ホームに降りたとたん目の前で、二人の若い男性がタバコを吸ってる。途端に、「ここ禁煙ですよね」とやってしまいました。二人はニヤニヤ笑いながら、タバコの火を消しましたが、やってしまった後に気づいた、とっても怖い経験でもありました。車内での携帯電話を注意したら、チカン冤罪に巻き込まれる事件もありました。
http://homepage3.nifty.com/okita-m/starthp/subpage01.html
 「君子危うきに近寄らず」、と、何かあっても危なそうなことには関わらない。そうした考えが当たり前のこととされて、社会はますます危ないものになってきています。
 前述の酒屋の親子連れの客と、お話しをしに行かなかった(野暮な声かけに行かなかった)のは、そうした親子でいるのが日常なのか、数ヶ月に一度とか、半年に一度の家族で楽しむ機会であったのか、やはり、傍からはわからないのです。単身赴任でパパと逢えるのは、年に何度かしかないのかもしれない。「もしもしベンチでささやくお二人さん」と警官が声をかけてくれる時代。ペッパー警部に邪魔するなとする世代となる時代。それらからも、ずいぶん経ってしまいましたが、さまざま、身近に気になることがあったとしたら、そのことに関心を寄せ、介入すべき局面と判断したら、すぐにでも飛び込む、それなしに、近隣の安全は守れません。「すぐにでも飛び込む」行為が危ないことになってしまうと、つまり、そのことによって、殺されたとかの事態に遭遇して、「やっぱり危ないことは、やめておこう」となってしまうと、どこまでも他力に頼ってしまう。警備員や、警官の増員を要請という形でね。でも、85%の安全が、90%の安全に置き換えることができた、そういう結果を生むかもしれません(以下、数字は根拠のある数字ではなく、僕のイメージです)。95%、99%の安全を手に入れるかもしれません。しかしそのことによっては、わが身の安全は、わが家族の安全は、確保し得ないのです。99.99%なら大丈夫でしょうか? この数字こそ万が一の安全とのかかわりの数字です。99.99%を防ぐだけでは、万が一は防げません。もうちょっと安全のレベルを上げないと。
 寝屋川の事件は、どれだけの安全対策を確保すれば防げるでしょう? 子どもが育つ機会を奪われながらも、日々大人となっていく。それが、時に社会にとって危険となる。(犯人は、小学校のいじめを苦に、中学校で不登校となっていった。僕が思うに、小学校でいじめられていたことが、彼自身どういうことなのか、理解していなかった。学校に行かなくても、心も体も成長し続けます。歪さを避けられませんが。成長を通じて、小学校でいじめられていたこと、それを救済されなかったこと、その理不尽さに、気がついたということ、それが、怒りに転化したということではないかと想像しています。それは、まさに彼自身の成長の証ではないかとも思います。)加害者自身が被害者であったということです。そうした、被害者をまず作らないことこそ、大事、それは、近隣で声掛け合う関係を回復していくことと思います。昨日の産経新聞では、非行少年の24%が親からの虐待を受けていた、との記事があります。親がどうであれ、子ども一人ひとりは、健全に育つ権利があります。

 以上、引用終わり。
 少なくとも、tamyさんは、「電車子ども」たちから、逆恨みで何かをされるというようなことにはならなかったようですね。迷惑な子どもにも、迷惑な大人にも出会うことはよくあります。
 時に周りに迷惑をかけている、ということに無感覚となってしまっているということは、子どもも、大人も、変わりありません。ただ、大人の方が、そうした注意を受けた経験を積む機会は、より多くあったでしょう。注意されて始めて、自分の行為に気づくということもあります。注意を受ける経験が希薄なままに大人となっていたときに、周りの迷惑を感じる気持ちが弱く、注意されて逆ギレとなってしまうようでは、もっと危ない社会になってしまいます。
 声掛け合うことは、たまたま通りがかったという間柄でさえ、大事だと思います。

SASKEさん、コメントありがとうございます。私は、こわがりですから、降り際での注意だったので、きちんと座りなおしたところ以外は確認していません。
まわりの大人たちが称賛していた雰囲気はまったくなく、それが本当に残念でした。でも、誰かが言わなきゃです。

新聞の投書欄などでは繰り返されていることですが、やっぱりモラル・マナーのレベルを小さな社会が電車や家庭であり、そこから何を学び、大きな社会に何を考えるか、問われていると思っています。

何でもありは、誤った個人主義だと思います。政治家や憲法がそうさせたとは私は思っていません。問われているのは私であり、私たちです。

>SASKEさん、コメントありがとうございます。私は、こわがりですから、降り際での注意だったので、きちんと座りなおしたところ以外は確認していません。
>まわりの大人たちが称賛していた雰囲気はまったくなく、それが本当に残念でした。でも、誰かが言わなきゃです。
 山宣一人孤塁を守る、ですか? 「称賛していた雰囲気はまったくなく、それが本当に残念」かも知れませんが、周りが称賛してくれていることに対して信頼できないと、「誰かが言わなきゃ」を貫くことは困難と思います。
 僕は、職場関係での交流を持つ機会がまれとなっている最近はたまたま集まる機会があると、自分が思っていることをオブラートに包まず、思ったことをそのまま言うことにしています。でも、そのことこそが、今、職場を作るんではないかと思っています。
 国連子どもの権利委員のリウスキーさんの話を聴きに行きましたが、リウスキーさんは、自分の役割を認識しつつ、自分の思っていること思ったとおりに言うんだとおっしゃっていました。そして、それが、結果的に、国連子どもの権利委員会の考え方に合致しているんだと。言いたいことが率直に言えなくなる社会、とても怖いと思います。そうした人間関係を作る職場は、未来につながらない、と思っています。

>新聞の投書欄などでは繰り返されていることですが、やっぱりモラル・マナーのレベルを小さな社会が電車や家庭であり、そこから何を学び、大きな社会に何を考えるか、問われていると思っています。
 異議なしです。

>何でもありは、誤った個人主義だと思います。政治家や憲法がそうさせたとは私は思っていません。問われているのは私であり、私たちです。
 「問われているのは私であり、私たち」、大賛成です。でも、「憲法がそうさせた」とは、憲法に何らかの問題あり、とのお考えなのでしょうか? 憲法をゆがめられた解釈により、と付け加えさせていただければ、付け加えることはありません。

 佐高信氏は、『だまされることの責任』で、伊丹十三氏の父、伊丹万作氏の『戦争責任者の問題』を紹介していますね。
 「知は力なり」、はフランシス・ベーコンですが、その逆、無知は無力なり、ではなく、「一種の悪魔」、と呼んだのは、122年前に死んだドイツの思想家でした。「一種の悪魔」の役割さえ果たしてしまうことについて、異論はありませんが、「問われている」「私」さえ失わされている、今の個々人に対しては、家族や、自分さえも見失いそうなところでは、騙されているかどうか疑う余裕などありません。
 ある面、「何でもあり」と傍からは、「あっ、壊れちゃった」と見られるような、自分を取り戻そうとする局面において、自分を大事にすることを思い出すことによって、自分が、家族が、社会が見えてくるようにもなる、と思います。
 国政選挙や、都レベルの選挙は、マスコミの影響を多分に受ける部分があり、身近なところの思いとは別に踊らされる部分もありますが、もっと小さな地域になると、正論が正論として、そのまま入っていく面白さがあります。
 「やっぱりモラル・マナーのレベルを小さな社会が電車や家庭であり、そこから何を学び、大きな社会に何を考えるか、問われている」、これは、身近なところでの実感を積み上げていくことにより、大きな社会についても考えることが出来るようになると思いますが、身近なところでの役割喪失の中に職場はあり、そこで、エネルギーを使い果たして帰る家庭の関わりがあります。今、働くことに何とかしがみついている層は、そこから学び、考える余裕を失っています。問い、問われながら、コミュニケーションを積み上げることの再建の中に、持続可能な社会に切り替える道があるように思います。

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