昨日、会議のあと、飲みに行った帰りの夜11時半過ぎに最寄の駅で電車をおりて異変に気づいた。
私が車両から降りてホームへと足を運ぶと、その隣の車両の出入り口でトラブルが。
電車が駅にとまってから、50代の会社役員風のおじさんが、40代と思われる男性サラリーマンに「お前、さわっただろ。女性が嫌がって向きをかえたら、お前も身体をいれかえて、またさわっただろ」とつめている。
降りた乗客が少ないなか、私がたまたま近寄ると、詰問する会社役員・対・「勘違いですよ」を繰り返すサラリーマン。
被害者の女性が誰かわからないなか、私は車掌のいる隣の隣の車掌席まで電車をとめるように言いに行こうか葛藤の中、
数ヶ月前、男性同士のトラブルで、どっちが蹴った蹴らないのやりとりが車両とホームギリギリの場所で繰り返され、電車を車掌がとめて、応援の駅員を数分待ったことをみていて、遅い電車でも状況によってはとめることもあることを思い出した。
でも、直接目撃していない私の根拠の浅さで、電車をとめることをあきらめた。
その残されたホームで、痴漢容疑の男性、それを克明にみて途中に注意もしたがやめなかったと目撃談を語る男性、そこに居合わせた私、さらに心配して寄ってきた男性の4人になり、遅れて駅員がかけつけた。
「酔っ払って眠っていたからわからない」「さわったと思われたことは謝りたい」という「容疑者」、さわられた女性が向きを変えても体の位置をあえていれかえてさらにさわってきたと詳細を描写する「目撃者」。
被害者がいないので、現行犯にならないことは、電車が発車した段階で私もわかっている。それでも、「目撃者」があまりに克明に語ること、電車が時間のわりにこんでいなかったこと、隣の車両とは言え、停車中にみたときに、「容疑者」「目撃者」は接近してやりとりし、「目撃者」は自分の降りる駅でもないのに、降りたこと。
さまざまな状況から、「容疑者」を私はクロに近いと思った。「目撃者」にとっては「途中下車」。
それでも、状況証拠だけで、被害者もいないのでどうしようもなく、その4人と駅員で10分程度やりあったあと、それぞれ家路を急いだ。
別れ際、酔っ払っていない目撃者は、「もう少し早い時間だったら、3人でこれから飲みに行こうと誘うんだけど。ほんとだよ。若いのに、ありがとうな」という言葉を残していった。
「容疑者」「目撃者」はあとからきた電車に乗って帰っていった。私も時々酔っ払う。何が事実かは難しい要素もある。冤罪の可能性だってある。
それでも、自分が降りる駅でないところで降りて、告発しようとする勇気。
数年前の帰りの電車で、終電の一つ前の満員電車のなか、目の前で彼女に彼がさわっていると思っていた状況が急にエスカレートしていき、下着に手をいれたところにハッと痴漢だと気づき、決定的にどうおさえるかを考え中に、止まった駅でその女性があわてて逃げるように降りていったことを思い出す。
私と同乗していた知人は、70代の男性1人だけ。その男性を送ろうとしていたなかで、気づいてからのおそらく数分間にいろんなことを考えた。
真実はわからない。でも、告発する勇気があるかどうか、久しぶりに見ず知らずの年上の男性を尊敬する場面に出くわした。
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