懐かしさを抱くもの
懐かしさって、何だろうね。
古きよきもの。
立ち戻りたくもの。
あるいは、いま少なくなったもの。
そして…・・・。
今年秋口からは、この毎日新聞の週1連載コラムのファンとして、切り口、言葉、リズム、展開を楽しみにしてきた。
文章、特に数百字程度のコラムは、歌によく似ていると感じる。
言葉が自然とリズムにのって、頭に入ってくる。
好き嫌いも人によって違う。相性がある。
下記の内容そのものとは、ずれるけれど。
テーマも、この連載と私の好みは、よくかみあう。
***
◇しあわせのトンボ:斎藤投手に抱く懐かしさ=近藤勝重
(2010/12/24毎日新聞東京夕刊)
http://mainichi.jp/select/opinion/kondo/news/20101224dde012070031000c.html
以前、万葉学者の中西進氏が本紙夕刊で、都会の子どもが田植えをして「懐かしい」と声を上げたという話をしていた。その子には田植え体験はない。ないのになぜ懐かしいのか。中西氏の解釈はこうであった。<人間が靴を履いているのは本来の姿ではありません。ですから自然の姿に戻った感覚に「懐かしい」と思うのでしょう>一般に懐かしさは原体験の世界にある感情と思われている。田舎に帰省して懐かしいと思うのはごく自然なことである。しかし、それだけが懐かしさではない。中西氏が説明する通り、自然の子としての人間の本来的なものからわき出る懐かしさもあるわけだ。
みなさんはプロ野球の日本ハムからドラフト1位で指名された早大の斎藤佑樹投手が、正式契約で北海道に足を踏み入れた時に口にした感想を覚えておられるだろうか。空覚えで書くが、彼は「何もない自然が見えました。でも新鮮な気持ちというより、懐かしいというか、ほっとしました」と、そんな言葉だったように思う。この時の「懐かしい」も、やはり原体験ではあるまい。斎藤投手は北の大地を目にしたのと同時に、自らも自然な姿に帰っていたのだろう。
さてぼくは今、斎藤投手その人に懐かしさを覚えている。と言うと、みなさんは彼の学生服姿とか、折り目の正しさ、謙虚な物言い、さらには昔スクリーンで見た若さまふうの顔立ちなどを思い浮かべるかもしれない。もちろんそれらも懐かしさのもとではあるが、ぼくの中でより印象深いのは、東京六大学野球秋季リーグで優勝を果たした時のスピーチだ。
「自分は何かもってると言われ続けてきましたけど、何をもっているのか確信しました。それは仲間です」
とりわけ「もってる」という前フリの後の「仲間」という言葉である。今は「われら青春」の時代ではないから、こんなふうに口にするのは、少々照れ臭い言葉である。しかし斎藤投手に不自然さはなかった。笑顔にも菅直人首相の作り笑いなどとはまるで違うさわやかさがあった。
ぼくはその時の彼に、若者が本来持っていたもろもろのものを見ていた気がする。恐らくそれは理想や純粋さといったものであったろう。「東京都の早稲田大学から来ました。投手です」と自己紹介した都会っ子が、北の大地に立ってどんなピッチングをするか。期待して見守りたい。(夕刊編集長)
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