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2011.01.18

互いを許し合う

この年末年始も、親子間殺人が起きた。

中間層がなくなりつつあり、まあまあは難しく、この社会はスベリやすくなった。

複雑家庭に生まれ育った私も、最近ようやく親と向き合えるようになった。

向き合うとは言え、正面から反論することはしない。

親子それぞれ長く生きてきたわけで、その人や生き方を否定することからは何も生まれない。

別れてちがう人へ、といかないからだ。

生き方を、ただ肉親がひとこと言ったからと大きく変えるということは難しく。

まして、過去のことは変わらない。

こんなとらえ方はできないだろうかという提案を含めた話はするようにしているけれど。

それよりも、もっと昔を楽しく顧みる会話があるはずで。

香山リカは鋭くやさしくあたたかい。

カエルの子はカエル。カエルの親もカエルなのだ。

まったく期待されないのも困るが、どうにもならないことを責めても何も生まれない。

***
香山リカのココロの万華鏡:互いを許し合う /東京
(2011/1/11毎日新聞都内版)

 年末年始などの長い休みになると、必ずといってよいほど「成人した子どもが親を殺害」という事件が起きる。記事を見ると、子どもは無職の場合も「会社員」などと記されている場合もある。「今年こそは仕事について」と言われたのか、帰省中で「飲みすぎじゃないのか」と言われたのか。いずれにしても、親が「よかれと思って」と与えた激励、注意が裏目に出て、大事につながるケースが多いのではないか。

 「まあ、正月くらい言いたいことを言わせておくか」と子ども側が余裕の態度で、親の文句や苦言を聞き流せれば、こんな悲劇は起きない。しかし、いまの子どもは、たとえ20代、30代でもある意味でピュアで、なかなか毎年の親の繰り言を「はいはい」と適当に聞けないようだ。「そんなことを言われたって、オレだって精いっぱいがんばってるんだ」と正面から言い返して衝突、という話は、診察室でもよく耳にする。それどころか、中学、高校の昔にさかのぼって、「あのとき行きたい学校への進学を許してくれたら、私ももっと活躍できたのに」と親を責める“30代の子ども”もいるようだ。

 親のほうも、いつまでもわが子に期待しすぎていると、つい帰省のときに「もっと立派になってくれるかと思っていたのに」などとグチをこぼしたくなる。「あんなに投資したのに」と教育費の話をむし返して、せっかくの正月が険悪に、という話もしばしば。

 これが他人なら遠慮もあるので、冷たい空気が流れても、それ以上、責め合うことはなく終わる。ところが、家族となると感情の歯止めがきかなくなり、怒声をあげたり泣きわめいたりしながら、互いを責め合ってしまうことも多い。

 もちろん、親が子に、子が親に「こうなって」「もっとこうして」と期待するのは、悪いことではない。とはいえ、もしその期待通りのことが起きたとしても、やはり不満は残るもの。家族どうしの要求には「もうこれで十分」という到達点はなく、「もっともっと」と際限なくなるのが常なのだ。

 「そこに存在してくれているだけで感謝しなさい」などと、宗教的なことは言いたくない。ただ、「どうしてこうできなかったの!」「なんでやってくれなかったの!」と、すぎたことを取り上げて、互いを責めてもなんの結果も得られない。「まあ、私の家族なんだからこんなものか」とちょっとハードルを下げながら、思いやりをもって互いに許し合う。せちがらい世の中、それこそが家族というものなのではないだろうか。
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