« 「きょう、いきる ちから。」 | トップページ | 新聞で漢字の「絆」はどれだけ、なぜ使われたか »

2011.12.14

仙台から、気仙沼から響いてつながって

今年もあと半月を残すのみ。

紅白歌合戦も、震災から前を向くための選出・選曲・演出がされるようで。

このブログでも取り上げてきた、仙台市の八軒中学校の合唱部が歌った「あすという日が」。

記事の最後にあるように、毎日新聞夕刊が取り上げて、感激しました。

紅白で夏川りみさんと秋川雅史が歌うことになりそうですから。

あすという日が 仙台市立八軒中学校吹奏楽合唱部
http://www.youtube.com/watch?v=Nz0V7XGLKj4&feature=related

紅白出場はならなかったけれど、映画「トリック」の主題歌「月恋歌」のヒットでも知られる熊谷育美さんも注目された年でした。

気仙沼出身で、被災者でもあるなか、特に「雲の遥か」は被災地のみなさんを励まして。

私もこの夏に宮城を訪れた際、偶然彼女の生歌を聴くことができ、思い入れもあります。

歌詞も歌声も

紅白だけじゃない歌の力。

1年を一人一人が振り返るとき、歌が想い出を連れてきて、希望も届けてくれるような気がします。

あと半月が無事に過ぎ、希望が見えるといいですね。

【公式動画】熊谷育美 雲の遥か
http://www.youtube.com/watch?v=suri4Y9XgPY

熊谷育美ブログ
http://ameblo.jp/kumagai193/

彼女のブログの12月12日付を読んでみると、神戸市長田の中学生たちと、なんと「あすという日が」を合唱したとか。

なんとすばらしい。つながり、音楽、その力。

***
◆“八軒中の歌”を届ける/気仙沼から古里を歌う
(2011/12/14毎日新聞夕刊)

 ◇“八軒中の歌”を届ける--秋川雅史

 今年のNHK紅白歌合戦では、震災復興祈念の趣旨に沿って選ばれた歌や歌手がいるが、「あすという日が」を歌うであろう秋川雅史と夏川りみは、代表格と言っていい。

 「あすという日が」(山本瓔子(ようこ)詞、八木澤教司(さとし)曲、テイチク)は学生合唱用に2006年に作られた曲。3月19日に福島市で予定されていた「声楽アンサンブルコンテスト全国大会」で、宮城県代表・仙台市立八軒中学の吹奏楽・合唱部は、この歌を歌うはずだった。部員たちは大会ではなく、避難所となった学びやで被災者を前に、この歌を披露したのだった。そのニュースは話題を呼び、秋川・夏川がメジャーから発売することになった。

 「4月に被災地を訪れた時、封印するつもりだった『千の風になって』が被災者の皆さんに求められた。こちらが元気付けられるとともに『歌』の必要性を実感した」と秋川。「世の中にプラスのメッセージを送れれば」と紅白の舞台を待つ。

 ◇気仙沼から古里を歌う--熊谷育美

 「あすという日が」が被災地発の「歌」なら、熊谷は被災地発の「歌声」である。1985年に宮城県気仙沼市に生まれ、今もそこから歌を発信し続けるシンガー・ソングライターである。09年にデビューし、今年4月シングル「雲の遥(はる)か」、10月に初アルバム「その先の青へ」(テイチク)を発表した。

 「一度『こんな田舎じゃダメだ』と、プロを目指して東京へ出たんですが、まったく曲が書けなくなった。疲れ果て音楽をあきらめて、1年後に帰郷した時、気仙沼が私を温かく迎えてくれた。『私のいるところは、ここかしかない』と確信しました」。帰郷した熊谷は「なんと朝から晩まで曲が作れるようになったんです」と、古里の不思議な力を実感する。

 3月11日の地震発生時は『雲の遥か』の取材で仙台市のテレビ局に出演中。本人にけがはなかったが、実家は大規模半壊となった。だが「古里のすばらしい力を、皆も感じてほしい」と歌い続ける。(川崎浩)

« 「きょう、いきる ちから。」 | トップページ | 新聞で漢字の「絆」はどれだけ、なぜ使われたか »

音楽」カテゴリの記事

2011震災」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 仙台から、気仙沼から響いてつながって:

« 「きょう、いきる ちから。」 | トップページ | 新聞で漢字の「絆」はどれだけ、なぜ使われたか »

2025年1月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

ツイッター

影響されてるよー

注目!