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2012年1月の記事

2012.01.28

石巻工業センバツ出場決定 常識にとらわれない采配 大切なメッセージ

石巻工業が21世紀枠で、初のセンバツ出場を決めた。

宮城県、石巻地域の野球関係者の10年近い努力によって、球児たちが地元に根差したことが大きいようだ。

監督に野球経験はない。

セオリーにこだわらず、サインが出て硬くなって失敗につながることを避け、委縮しないようにと、盗塁のサインはない。

それでも、平均で1試合2つを成功させてきた。

震災で、全校生徒の約4割が自宅の全半壊という状況となったそうだ。 そして台風被害で、9月には地盤沈下したグラウンドが浸水もした。

あきらめない姿勢がある。 グラウンドのベンチには、30以上の教訓が貼られているとも。 「あら探しをするよりも改善策を考えよう!」「決して倒れないのが良いのではない。倒れたらすぐ起き上がるのが貴いのである」など。 そして、大きく「あきらめない街・石巻!! その力に俺たちはなる!!」と。

大切なメッセージ、前を向く姿勢から、学ぶべきものが多い。

2012.01.27

渡辺謙さんが発したメッセージ 「足るを知る」その上で

 俳優の渡辺謙さんが1月25日、世界経済フォーラム「ダボス会議」の場に招かれ、力強いスピーチをおこなった。

サイトkizuna311
http://kizuna311.com/
を立ち上げるなど、独自の支援・発信をおこなってきただけに、説得力が含まれているし、物語がある。。

 
 全文を掲載したい。

***

 初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。

 まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

 私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

 その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

 しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

 それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。

 私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

 そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

 「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

 いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。

 国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

 私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。

2012.01.25

仙台駅周辺は商都再開発、学童保育は有料化

近々、宮城に行くことになる。

そうなると、関連する情報がどうしても気になるし、気づきの優先順位もあがっていく。

2つのニュースを考えあいたい。

仙台市は、現在無料の学童クラブの利用料の徴収を決めた。生活保護世帯などへの減免はあるが、月額3000円を基本とする。
一方、仙台駅周辺の再開発に多額の事業費が注ぎ込まれる。

読後、どうも解せないでいる。住民合意はあるんだろうか。

所得は低くなくても、借金を新たに背負う人も少なくない被災地で。

***
学童保育:仙台市が有料化へ 8月から月3千円 /宮城
(2012/1/24毎日新聞宮城版)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20120124ddlk04100063000c.html
 仙台市は23日、これまで無料だった学童保育(児童クラブ)について、原則として8月から月額3000円の基本利用料を求める方針を固めた。年間10億円超とみられる市費負担を軽くすることにした。

 市は児童館など105カ所で、保護者が日中、自宅にいない小学1~3年を保育している。運営時間は▽平日=放課後から午後6時▽土曜=午前9時から午後5時▽夏休みなどの長期休業=午前9時から午後6時。原則として無料だったが、市は保育時間を延長する代わりに有料化する方向で検討していた。

 市の案によると、平日の運営時間を放課後から午後7時15分、長期休業では午前8時から午後7時15分に広げる。一方で基本料金は月額3000円、午後6時以降の利用には同1000円の負担を求める。ただ基本料金については、生活保護受給世帯には全額を、所得税の非課税世帯には半額をそれぞれ減免する。【平元英治】
***

***
仙台駅周辺再開発計画:16メートル幅の自由通路、両側に店舗--JR東・仙台市 /宮城
(2012/1/20毎日新聞宮城版)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20120120ddlk04020071000c.html

 ◇「商都を復興の中心に」
 JR東日本と仙台市は19日、市内で記者会見を開き、仙台駅周辺の再開発計画を発表した。両者が連携して進める東口と西口をつなぐ自由通路の整備事業では、通路の幅を現在の2・6倍となる約16メートルに拡幅する。JR東は通路両側に商業施設を建設するほか、駅東口にホテル、業務棟を18年度までに順次開業させ、「仙台を東日本大震災からの復興の中心」に据える考えだ。【平元英治】

 ◇高級ホテル、東口に建設
 計画によると、自由通路は、自然光をふんだんに取り入れる構造にし、供用開始は15年度の予定。自由通路の整備事業費は約30億円で、市が3分の2、JR東が3分の1を負担する。沿道の両側には、JR東が商業施設(地上6階、地下1階、高さ約30メートル)を整備し、にぎわいを生み出す。

 ホテル(地上14階・地下1階、約60メートル)と業務棟(地上13階・地下1階、約60メートル)の建設、整備もJR東の単独事業として進め、2棟の建設予定地は東口のバスターミナル付近を予定している。

 ホテルは17年度の開業を目指し、客室数は280程度を想定している。西口に隣接しているホテルメトロポリタン仙台に比べ、より高級感のある外観、内装にする方針。

 業務棟は18年度の開業予定で、多目的施設などを設けるが、テナント数などについてJR東は「まだ決まっていない」としている。商業施設、ホテル、業務棟の事業費は100億円単位になる見通し。

 JR東の里見雅行仙台支社長は会見で「この計画は震災前から進めてきたが、震災を経たことで東北復興を引っ張っていく大きなプロジェクトになった。JR東の中でも大変重要なプロジェクトとして取り組んでいきたい」と語った。同席した奥山恵美子市長も駅周辺の再開発を「商都仙台の新しいステップだ」と歓迎した。

2012.01.22

新しい希望に築こうという新しい希望に気づこう

新しい年がスタートして、よかったこともあれば、失敗もある。

でこぼこした道があって、前に進もうとすることを躊躇することも。

年が明けて20日以上もたって、年末に刻まれたメッセージがとても響いた。

心の奥底に。

***
さあこれからだ:/20 新しい希望を築こう=鎌田實
http://mainichi.jp/life/kamata/news/20111231ddm013070017000c.html
(2011/12/31毎日新聞)

3月11日、日本は

大きく変わってしまった。

お前はどんな気持ちなのか。

牛に問いかけてみた。

何も答えない。ただ、ただ

牛は寂しそうな目をしていた。

牛は何も悪くないのになあ。

25年前、チェルノブイリでは

大地が汚れ、草が汚れ

その草を食べた牛が汚れ

ミルクが汚れた。

汚れたミルクを飲んだ

約6800人の子どもが

甲状腺がんになった。

牛は悔しいだろうなあ。

命はつながって生きている。

無数の生命が

生きているこの大地を

ぼくたちは汚してしまった。

怒りと悲しみを

ごちゃごちゃに背負いながら

ぼくは東北に通い続けてきた。

3歳の子を亡くした石巻の

若いお母さんは

自分の悲しみを横に置いて

被災した人たちの

めんどうをみていた。

9カ月たった今ごろになって

つらくて、悲しくて、眠れずに

泣き続けている。

胸が苦しすぎて、今は

涙も出なくなったと言う。

なかなか力になれない。

悔しい。

南相馬の若いお父さんと

流された彼の家の跡の

冬の海の前で2人で話した。

「雪が降ってきた。

春になったら

全国からボランティアに

来てもらって、

もう一回、行方不明の

子どもを探そう。そうすれば

心の決着がつくかも……」

と、僕はポツリと言った。

「心の決着なんてつかない。

なんで2人の子どもを

救ってあげられなかったのか

多分、一生、自分を

責め続けるだろうな」

傷は深い。

あかあかと開いた心の傷口は

まだ触れることもできない。

東日本大震災で

多くのものを失った。

家や自動車や船や学校や会社。そして、家族や仲間。

世界は変わってしまった。

しかし、しかし、しかし

被災したにもかかわらず

99%は自分のために

生きながら、1%は、もっと

つらい人のために生きようと

もがいている人がいる。

いろんなモノは失ったけど

優しい心は失っていなかった。

被災地に多くの応援が入った。新しい絆ができた。

日本中があったかくなった。

みんながちょっと相手の

身になって考えられると

家庭も職場も被災地もこの国も

あたたかな血が通いだす。

すべてを失ったときなのに

大切なものが見えてきた。

不思議だ。

町は少しずつ復興へと

歩み出している。

仮設商店街でラーメン屋さんを

再開した人がいた。全員

家を津波で失った人を雇った。仕事が見つかった人は

元気になり出していた。

困難を生き抜くためには

働く場と愛する人が

必要なのだ。この先、東北は

必ず、よみがえるだろう。

でも、でも、でも

大津波がすべてのものを

さらっていった、あの光景を

ぼくたちは忘れない。

すべてはここからはじまる。

復旧でもなく、復興でもなく

明るい創造。未来をつくろう。

アラブの春が吹き荒れた。

ヨーロッパが土俵際にいる。

アメリカも元気がない。

グローバリズムと

金融資本主義に翻弄(ほんろう)されて

日本的な経済システムも

壊れかけている。

個人主義が広がり

競争至上主義が暴れまわり

価値観は多様化している。

みんなが満足する

オールマイティーの

解決策なんか見つからないが

ニヒリズムの空気に負けない。

経済の寒波に凍えながら

ぼくたちは新しい希望を

築いていく。

2011年が終わろうとしている。

いい年だった人も

つらい年だった人も

一度立ち止まって、今

この一年を振り返ろう。

チャレンジをしたけど

失敗した人。

傷つくのが、怖くて

閉じこもっていた人。

だれかのために、働きたいと

思いながら

何も、できなかった人。

それでも、新しい年は

すべての人にやってくる。

年の瀬の今日、自分に

言い聞かせた。憎しみや

悲しみは横において、いつも

だれかのために汗を流し

先のことを、恐れることなく

肩の力を抜いて、生きていく。

相手を変えようと

するのではなく

相手の身になり

相手を思いやる。そんな自分に

変わってみようと思う。

新しい年は、もうすぐ

やってくる。すべての人に

良い年でありますように!(鎌田實)

復興へと被災地で取材をつづけるスポーツニッポン

震災後、ずっと追い続けているのはテレビや一般の新聞だけではありません。

スポーツニッポンがすばらしいのは、岩手県陸前高田市の高田高校野球部を1年間追うという企画を先に決めて、実際に記事にしているということ。

そして、野球部を通じて、被災地の状況を、球児の心、進学、地域文化などにふれながら報じているということです。

被災地は復興までは至ってないはず。

下記記事とは違いますが、現地を何度も訪れているジャーナリストによれば、復旧の途中なんだという話も、先日聴きました。

忘れることなく、その道の途中をしっかり知ろうとしながら、その知るきっかけを大事に、私なりに背景に迫っていきたいと思っています。

同紙の連載も、大切にしながら。

この3日だけでも↓

復興へのプレーボール~陸前高田市・高田高校野球部の1年~
http://www.sponichi.co.jp/baseball/yomimono/takata/index.html

一回り大きくなった体と強くなった故郷への思い[ 2012年1月21日 ]
FM局開局 被災者の精神的フォロー  [ 2012年1月21日 ]
パソコンあれば世界中で聴ける  [ 2012年1月21日 ]
12月明大野球部が訪問 広島・野村も来た  [ 2012年1月21日 ]
3年生9人は全員進路決定  [ 2012年1月21日 ]
伝統行事「スネカ」にも参加 国の重要無形文化財  [ 2012年1月21日 ]
「五葉おろし」ニモ負ケズ…白球追い春を待つ  [ 2012年1月20日 ]
「希望の灯り」…神戸から届いた絆の証  [ 2012年1月20日 ]
高田松原第1球場、解体作業始まる  [ 2012年1月20日 ]
「46会」で現状報告、伊藤コーチ支援に感謝  [ 2012年1月20日 ]
悲しみと決意…原稿用紙に記した「夢は捨てられない」  [ 2012年1月19日 ]
書くこと迷った…それでも「区切りつけるきっかけに」  [ 2012年1月19日 ]
3月11日の記憶 瓦礫の中から見つかった“甲子園”  [ 2012年1月19日 ]

2012.01.21

総合こども園、待機児解消は不透明

1月20日、保育制度「改革」の位置づけで、戦後ずっと継続されてきた制度を転換する政府案が示されたという。

毎日新聞は「保育所待機児童問題の解消策になりうるのかは不透明なまま。利用料などの詳細は関連法成立後に持ち越され、保護者の不安は消えていない」と指摘する。

***
◇幼保一体化:総合こども園、待機児童解消は不透明 利用料未定、保護者の不安消えず
(2012/1/21毎日新聞)
http://mainichi.jp/life/edu/news/20120121ddm002010096000c.html
 政府は20日、税と社会保障の一体改革で打ち出した新たな子育て政策「子ども・子育て新システム」の最終案を公表した。15年度をめどに、幼稚園と保育所の機能を併せ持つ「総合こども園」をスタートさせる方針を盛り込み、幼保一体化の議論はひとまず決着した。しかし、2万6000人に及ぶ保育所待機児童問題の解消策になりうるのかは不透明なまま。利用料などの詳細は関連法成立後に持ち越され、保護者の不安は消えていない。

 新制度のモデルになるのは、06年10月に発足した現行の幼保一体施設「認定こども園」だ。保育所と幼稚園を統合した東京都新宿区の区立四谷子ども園。遊戯室で5歳児約50人が歌や劇の練習にはげむ横で、ベテラン保育士の芦野美樹副園長は「幼稚園には遊戯室もピアノも潤沢な教材もある」と、保育に幼稚園の利点を生かせる魅力を語る。

 しかし、厚生労働、文部科学両省が別に補助金を出す同園の新設は、両省への手続きが必要など煩雑で、全国に762カ所しかない。その点、新制度では内閣府の補助金に一本化される。約2万3000カ所の保育所、約1万3000カ所の幼稚園が総合こども園に移行すれば、多くの子どもが保育と幼児教育を受けられる、というのが政府の説明だ。

 それでも、利用者は子どもを預けられない状態の解消を強く望んでいる。足立区の女性(27)は2歳の長男の受け入れを断られ、夫の帰宅後、深夜0時から朝6時までコンビニエンスストアで働く。待機児童の多い都市部の保育所では、フルタイムで働く親が優先されがちだ。

 新制度では短時間労働の人にも保育の権利を保障するとしている。だが、総合こども園は、幼稚園から移行する施設の不安に配慮し、0~2歳児の預け入れを義務づけていない。待機児童の8割は3歳未満とあって、東京23区のある担当者は「総合こども園では待機児童問題は解決しない」と言い切る。

 さらに、こども園の利用料など保護者が最も知りたい部分の詰めは今後となる。足立区の女性は「高収入の正社員しか利用できないなら意味がない」と懐疑的。基準を満たせば株式会社も参入でき、今の認可外施設も補助の対象となるものの、「質」を担保する基準作りさえこれからだ。【山崎友記子】
***

ほとんど内容が知らされないどころか、「詰めは今後」だとすれば、「改革」とは名ばかりと批判が高まるのは当然だ。

知らせる努力を怠っているのが政府・民主党。

ビフォー・アフターがどのようになるのか。

かつて「100年安心」とうたった年金「改革」で、内容に偽りありだったが、長編マンガでその素晴らしさを訴えたのは公明党だった。

どこをどう変えて、どうなるのか。

そしてそのどこに問題があって、どう評価するのか。

違う道はないのか。

この新たなシステムに懸念や批判を持つ保育関係者にも、その発信力が問われている。

自戒を込めて。

この記者は、昨年7月21日の同紙「記者の目」で、自治体の判断で子ども一人あたりの保育所面積の国の基準を切り下げてもいいとする、政府の基準緩和方針を「禁じ手」だとして厳しく批判した。

その後も丁寧な取材がされているように感じる。

「読者の目」も問われる。

2012.01.19

から揚げブーム

から揚げを売るお店が、よく行く駅の北口にも南口にもできた。

店内だけでなく、マスコミでも、たくさん鶏揚げられてる。

それケッコーだって人もいれば、やっぱりニクらしいなって人もいるはず。

いろトリドリ。

とりあつかいにご注意を!

「日本一の給食」をつくるこだわり栄養士のドキュメンタリー

1月16日に放送された「日本一の給食」をつくる「日本一のこだわり栄養士」ともいわれる定年退職前の学校給食の管理栄養士のドキュメンタリーが、今日19日深夜(日付は20日)に再放送されます。

ぜひ、ご覧ください。

【再放送】1/20(金)AM0:15~
NHKプロフェッショナル仕事の流儀
『子供を鍛える、母の給食 管理栄養士・佐々木十美』http://www.nhk.or.jp/professional/2012/0116/index.html
「手間をかけて、本物を作る」「愛情を持って、嫌いなものを出す」「子供たちはみんな家族」

「〈プロフェッショナルとは・・・〉信念を持って、自分にできる範囲内の最大の事を一所懸命するっていうか、それが私にとってはプロなのかな。それだけではなくて、遊び心を持って楽しんで、それがプラスされないといい仕事にはならないと思いますね」(管理栄養士・佐々木十美)

2012.01.17

歴史・文化の薫る街・京都市のリーダーに人と雇用を大切にする中村和雄さんを

私は、東京に住む30代の男性で、今度の京都市長選挙に注目しています。

福祉関係の知人が京都に多く、何度も訪れています。4年前の選挙も気になっていて、当時も中村和雄さんの公式ホームページをよくチェックしていました。でも、政策に魅力があっても、親しまれる人柄でも、共産党の推薦候補では勝負になるわけがないと思っていました。ところが、結果は951票差、大接戦での惜敗。ホンの少しの差。私に一票はありませんでしたが、すっかりあきらめていた自分にがっかりしたことをいま思い出しています。

この4年の間に、大きな変化がいくつかありました。まず、政権が交代しました。私も期待した一人でしたが、その期待は大きく裏切られました。そして、東日本大震災が起き、私たちに何ができるのか、政治・自治体の役割は何か、ゆたかさとはなど、さまざまなことが問われています。

雇用の状況も変わってきました。同じ仕事でも正規でなく、不安定な非正規に就くしかない若者が珍しくなくなりました。保育など自治体がかかわる業務にも、非正規雇用が増えました。正規雇用の枠が減り、不安定な生活と不安が広がり、見通しが持てず、特に20・30代の影響は深刻だと感じています。さらに京都市は事業所の減少率が全国の政令市でワースト2だという深刻な状況を知りました。

いま、自治体が発注などにかかわる仕事に一定の雇用条件をつける「公契約条例」が広がりつつあるようです。千葉県野田市や神奈川県川崎市、東京都多摩市などが動き出している政策です。ネット検索でも関連の報道がヒットするようになりました。4年前も今回も中村さんが一貫して訴えている「公契約条例」で一定の条件を前提にさせること、仕事を地元の業者に確保すること、この政策を市政刷新の中心に掲げる中村和雄さんに期待できます。

非正規や首切りなど厳しいなかで働く人たちと弁護士として向き合い、その解決・改善に向けて最前線を歩んできた中村さんにどうしても市長になってほしいのです。雇用のルールの徹底や改善にむけても、国や悪質な企業に対し、厳しく迫れるはずだからです。

 さらに、4年前との違いで大きいと感じるのは、私たちの安心できる生活とエネルギー政策との関係が岐路に立っているということです。福井にある原発から60キロにあるなかで今の市長は、原発再稼働について「国が判断すること」「言う立場にない」と言ってきたと知りました。報道をみるとここにきて、橋下大阪市長の関西電力への株主提案に共同する姿勢を示したようですが、リーダーシップがまったく感じられません。

 市民の先頭に立って、国や電力会社に対して厳しく脱原発を迫ることが、市民の安全を守り、国際都市・京都に観光客を呼び戻す上でも欠かせないはずです。市民の声を聞きながら、ハッキリしたメッセージを打ち出して行動するリーダーが必要です。脱原発デモが京都で2月6日以降に行われれば、その先頭を市民といっしょに歩く中村市長の姿を見ることができるのです。「行列のできる弁護士市長」はいますが、脱原発に向けて「行列を市民といっしょにつくる弁護士市長」の誕生がイメージできるいま、大きな希望を感じています。

 京都市の私立保育園で働く保育士の知人は、保育園への市の補助金が減らされて、「経験を積み重ねていく保障と安定が奪われた」「市長は公立保育園を民営化していくと言っているけれど、コストが安いはずの私立保育園の補助金も不安定にさせられている」と言っています。口々に出るのは「不安」という言葉です。保育園から安定を奪いながら、「子育て環境日本一」をマニフェストで掲げる市長に、あと4年も市政を任せていいのでしょうか。

最近、国民的作家・松本清張さんの記念館を訪ねる機会があり、その展示で最期のインタビューの言葉を知りました。「その飽くなき好奇心の根源にあるものは何ですか」と問われ、「『疑い』だね。…体制に対しても疑うし、学界的に偉い人が言ったことでも鵜呑みにせずに疑ってかかる。…もう少し加えて言うと、歴史にしても社会現象にしても、上から見ないで、底辺から見上げること」と1992年に、週刊誌に語ったそうです。
 
 それから20年がたちましたが、この言葉が重く深く感じられる状況です。政治不信、雇用不安が広がり、エネルギーのあり方などを含め、変化が求められているなか、いま必要なのは、「うのみにせずに疑うことができ、上から見ないで、底辺から見上げることのできる」リーダーではないでしょうか。

 前回の投票率は38%。投票率の低さが心配されます。雇用や原発がどうなるかを含めた今後4年間の市政の影響を大きく受けるはずの20代・30代に、特に投票に行こうとよびかけたいです。前回の京都市長選では、改革を訴える若い候補者も出ましたが、ネットで検索して出てきた出口調査(http://www.asyura2.com/08/senkyo47/msg/422.html)では、20代の得票を最も集めたのは、その候補でも、当選した門川さんでもなく、中村和雄さんです。不安を何とかしたい、今の政治を変えたいという若い声を、一人でも多く形にしてもらいたいです。

 私も20年以上前に、中学の修学旅行で京都を訪れました。この春からは、修学旅行生が、歴史、文化だけでなく、この街が人と雇用を大切にしているという姿にもふれ、その学びを「おみやげ」として全国各地に持ち帰ることができるようになるはずです。未来につながるものとして。

 国会はねじれているのに市長選では政党は「相乗り」、一部の人たちに「お任せ」、雇用は「底抜け」、そして政治と経済は「悪循環」という状況に見えます。それに対して、中村さんの政策のキーワードは「参加」「底上げ」「循環」。ピッタリはまる打開策です。その政策を早く実現してもらいたいです。そのために、市政を変えようという声を「循環」させて、投票という形で政治に「参加」する、投票率の「底上げ」へ。

 あきらめないことから希望は生まれ、広がると信じています。私に一票はありませんが、思いを発信することで、「参加」します。2月5日投票で行われる京都市長選、私は中村和雄さんを応援しています。変化を求める多くのみなさんに届くように。 

(東京都・Tamy 30代)
http://tamy.way-nifty.com/

中村和雄オフィシャルサイト
http://neo-city.jp/
市政刷新の会
http://kyo-mannaka.jp/

門川大作オフィシャルサイト
http://kyoto-daisakusen.jp/

2012.01.10

昨年も自殺が3万人をこえた 14年連続で

人が一生を終えるまでに、250万人が自ら命をたつことになる国。

97年までは2万人少しだったのが、98年からずっと3万人をこえている(2009年までの推移はこちらhttp://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/whitepaper/w-2010/html/gaiyou/s1_01.html)。

息苦しく、生き苦しくなったなかで、抜本的な対策は打たれただろうか。

昨年5・6月に自殺者が増えたのは、女性タレントの自殺が誘発したという識者の見方もある。

どんな状況でも耳を傾ける、手を差し伸べる姿勢が、私たちに、政治に、求められているように思う。

***
◇自殺者:3万人超…14年連続 11年速報値
(2012/1/10毎日.jp)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120111k0000m040037000c.html

 警察庁は10日、昨年1年間の全国の自殺者は3万513人だったとする速報値を発表した。3万人を超えたのは98年から14年連続だが、10年の3万1690人を1177人(3.7%)下回った。

 自殺者の減少は2年連続で、3万1000人を下回ったのは98年以来初めて。男性は2万867人で10年より1416人少なく、女性は9646人で239人増えた。月別で最も多かったのは5月の3367人で、最も少なかったのは12月の2088人。

 都道府県別では東京都が最多で3100人。大阪府1899人、神奈川県1824人と続く。東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県は400人、宮城県は483人、福島県は525人で、3県とも10年を下回っている。ただし都道府県別は自殺者の住所でなく遺体が発見された場所で計上している。

 一方、自殺の実態を調査している内閣府によると、遺族の話や自殺場所などから震災が直接の原因とわかった自殺者の数は、分析を始めた6月から11月までに全国で49人という。内閣府自殺対策推進室は「震災の影響はじわじわと広がる可能性があり、状況を注視して対策に取り組みたい」と話している。警察庁は年度内に確定値を公表する。【鮎川耕史】

2012.01.09

給食の鬼 子どもたちの人生を豊かに

学校・福祉・保育関係のみなさん、ぜひご注目ください。

***
1月16日(月)午後10時~10時48分
※再放送 20日(金)午前0時15分(木曜深夜)
NHKプロフェッショナル仕事の流儀
http://www.nhk.or.jp/professional/index.html
子供を鍛える、母の給食 管理栄養士・佐々木十美

北海道東部の小さな町・常呂郡置戸町。ここの学校給食は、日本一との評判が高い。この給食を、40年かけて作り上げてきたのが、「給食の鬼」と呼ばれる管理栄養士・佐々木十美(60歳)だ。19種類のスパイスを使った本格的なカレーに、化学調味料を一切使わない味噌(みそ)汁、手作りで焼いたパン・・・地場の旬の食材にこだわったそのメニューは、1年間を通じて重なることはない。もちろん、1食あたり平均250円という予算のカベはクリアしている。
佐々木の信念は、子供にこびず、本物のおいしさを教えること。食生活が日々変化していく今、将来に渡っても通用するような“おいしさ”の基本的な感覚を教えることで、子供の人生を豊かにしたいと願う。
2012年の3月をもって、給食作りの現場を引退する佐々木。新人栄養士に心を伝える最後の日々を追った。
***

宮城からの「ありがとうの詩」 50のメッセージ

被災地・宮城で全国紙を抑えて圧倒的なシェアと影響力を持つ河北新報。

震災後、「ありがとうの詩(うた)」を募集し、

460のなかから、50の作品が選ばれ、ウェブサイトにも掲載された。

老若男女のメッセージ。

詩集や曲にもなるという。

響くといい。

3・11大震災復興支援企画「ありがとうの詩」(河北新報)
http://www.kahoku.co.jp/arigato/

成人の日に 私もくどく考えていきたい

「新成人の6割強が被災地を支援」とある。

毎年行っている大手時計メーカーSEIKOの新成人対象の調査。

今回の設問は震災に重きが置かれている。

詳しい傾向は下記にまとめられている。

SEIKO 2012年新成人の東日本大震災に関する支援実態と意識調査
(セイコーホールディングス2012/1/5)PDFファイル
http://www.seiko.co.jp/dev/data/doc/20120105.pdf

「6割強」も、なのか、6割強しかなのか。

***
朝日新聞社説2012/1/9

成人の日に―尾崎豊を知っているか 

 ああ、またオヤジの「居酒屋若者論」か、などと言わずに、聞いてほしい。

 キミが生まれた20年前、ロック歌手・尾崎豊が死んだ。その時のオヤジより少し下の26歳。雨中の追悼式に、4万人が長い長い列を作ったものだ。

 新聞には「高校を中退し、自由を求めて外に飛び出した彼の反骨精神が、僕を常に奮い立たせていた」と投書が載った。

 彼が「卒業」「15の夜」といった曲で歌ったのは、大人や社会への反発、不信、抵抗。恵まれていないわけじゃないのに、「ここではない、どこか」を探し、ぶつかり、傷つく。

 その心象が、若者の共感を呼んだ。尾崎の歌は高校の教科書にも採用されたほどだ。

 ところが最近は、うんざり顔をされることが多いらしい。

 オヤジと同世代、精神科医の香山リカさんは毎年、大学の授業で尾崎豊を聴かせ、感想を問うてきた。ここ数年「自己中心的なだけじゃないか」「何が不満かわからない」と、批判的な意見が増えているという。

 教室に居並ぶのは、親や世の中に従順な若者たち。キミと同い年なら、石川遼くん?

 でも、就活の道は険しいし、滑り落ちたら、はい上がるのは難しい。時代は、尾崎のころよりずっとずっと生きづらい。

 だけどキミたちは「自分にスキルが欠けるから」と、どこまでも謙虚だ。格差も貧困も「自己責任さ」と、受け入れてしまっているようにみえる。

 尾崎豊はどこへ行ったのか。

 あの時の尾崎と同じ26歳、気鋭の社会学者、古市憲寿さんには「オヤジよ、放っておいて」と言われそうだ。

 近著「絶望の国の幸福な若者たち」では、20代の7割が現在の生活に満足している、との調査結果を紹介している。過去40年で最高だ。

 将来の希望が見えないなか、未来を探すより、親しい仲間と「いま、ここ」の身近な幸せをかみしめる。そんな価値観が広まっているという。

 なるほどね。いくら「若者よもっと怒れ」と言っても、こんな社会にした大人の責任はどうよ、と問い返されると、オヤジとしても、なあ……。

 でも、言わせてもらう。

 私たちは最近の社説でも、世界の政治は若者が動かし始めたと説き、若者よ当事者意識を持てと促した。それだけ社会が危うくなっていると思うからだ。

 だから、くどいけれど、きょうも言う。成人の日ってのは、そんなもんだ。

 ともあれ、おめでとう。
***

 年明けに「絶望の国の幸福な若者たち」を書店で手にした。まだ読んでいないが、以前から気になっていたもの。

 かつて、雇用をしばるルールを自由にして、競争をあおれば、格差がある程度出たとしても、物価が下がり、幸せになれると主張する向きが政治の中枢にあった。

 非正規化、貧困、就職難、年金をはじめとする社会制度不安の中心にいるはずの若い世代。

 その社会や政治への意思表示は極めて見えにくく、過去と定義や程度はちがっても「幸福」を感じているとしたら・・・。

 私なりの世代論(世代の区切りが必要なのかどうかも含めて)を、さまざまな前提を一回は疑いつつ、まとめなければ。

2012.01.08

たむけんが「焼肉一生タダ」を日ハム中田に約束

人気焼肉店の経営者でもあるタレント・たむらけんじ。

1月8日のスポーツ新聞が彼の術中にハマッタ。

高校時代から超高校級のスラッガーとして騒がれ、昨年ようやく主力として活躍した、

北海道日本ハムファイターズの中田翔外野手に、今シーズン30本のホームランを打てば、店舗で一生焼肉をタダにすると約束したという。

それを日刊、報知、スポニチがいっせいに報じた。

お店の宣伝としてこれ以上の費用対効果もないだろう。

実際に中田選手が30本以上を打ったとしても、何十回も通うはずもなく。

シーズンオフでネタがないなか、

今日の紙面で各社は大きくこれを扱った。

お店の宣伝広告になっている。

さらに、1本打てば「30本」「焼肉一生食べ放題」への道となり、

10本、15本、20本、節目ごとにまた紙面になるはず。

20本をこえれば、カウントダウンとしてさらに扱われる。

テレビだって取り上げるはず。

ねらってやっているはずの宣伝戦略。

橋下・大阪市長と会合を持ったというたむらけんじ氏は、今月に入って、政界進出をほのめかす発言も行った。

スポーツ新聞にあれほどの広告を打てばどれくらいの費用がかかるか。

その意味で、コストゼロで最大限の広告を生み出したというしたたかさ。

「焼肉一生食べ放題やて、たむけん、すごいなぁ~」で話題になれば儲けもん。

それで終わらない、戦略と展開がまだまだあるはずというのは読みすぎか。

http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20120107-OHT1T00227.htm

http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120108-886597.html

http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/01/08/kiji/K20120108002386630.html

バレーボール界の重鎮・松平氏逝去のニュースにふれて 「常識の延長には・・・」

私が小学校高学年の頃、バレーボールはあこがれのスポーツだった。

バレーボール=女子のスポーツのイメージはあったけれど。

テレビでは、富士フイルムのCMが流れ、徳永英明の「輝きながら」がやさしく響く中、

富士フイルムの緑のユニフォームのバレー選手が輝いていた。

代表でも、富士の選手が主力で、センターは川合、エースは熊田かな。

意表をつく三橋の一人時間差やBクイックに何度も驚かされた。

その後、残念ながら日本の男子バレーは世界の高さの前に通用しなくなっていった。

一昨年、女子日本代表が世界選手権で3位になり、ふたたびバレーボールが注目されるようになってきた。

その躍進の立役者、眞鍋政義監督の著書が昨年2冊刊行された。

『精密力~日本再生のヒント』、『チームのスイッチを入れる。 カリスマじゃなくてもできる組織を変える55の戦略』

どちらも興味深く読めた。実社会での自らの成長にも「精密力」を生かしたいと。

そんな読後感が覚めやらない状況で、

日本バレーボール界の重鎮・松平康隆さん(元バレーボール男子日本代表監督)が亡くなった。

飛び込んでの「フライングレシーブ」では、あごの骨を痛めた選手も多かったそうだ。

また、一人時間差やクイックなどを生み出したのもこの監督のもとだという。

非常識を採用することを前提とするなかでの選手のアイディアと試行錯誤があったそうだ。

眞鍋監督も著書で、アニメ「アタックナンバーワン」の「木の葉落とし」や、サッカーのオーバーヘッドキック、そして「一人時間差」などにふれ、

ロンドンオリンピックにむけて「非常識を常識にするプレーを絶賛募集中」だとしている。

松平さんは、現在の男子バレー植田監督に「常識の延長には常識の結果しか出ない。非常識の延長に、とてつもない結果がある」と諭していたという。

眞鍋・植田両監督も、その影響をうけてきた。

松平監督率いる日本男子代表がミュンヘン五輪で金メダルをとったキーポイントになったひとつの時間差攻撃は、松本清張の推理小説「点と線」で松平さんがヒントを得たもの。

心に残るオリンピックシーン(JOCサイト)
ミュンヘン 男子バレーボール
『金色の夢舞台』への道のり ~長田渚左
http://www.joc.or.jp/scene/200904.html

昨年末に眞鍋監督の著書を読み、偶然とはいえ、年始に松本清張記念館を訪ね、そして松平さん逝去のニュースにふれた私。

何ともいえないつながりを感じる。

メディアにのせて、国際大会を日本で行い、人気を定着させようとした手腕の一方、そのワンマンぶりや金銭面で負の部分もあったとも。

いずれにしても、常識を疑うということの大切さと難しさ。

「常識の延長には常識の結果しか出ない。非常識の延長に、とてつもない結果がある」という言葉、意識していきたい。

◇時間差、クイック…ニッポンバレー築いた松平康隆さん死去
(2012/1/6スポーツニッポン)
http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/01/06/kiji/K20120106002374600.html

2012.01.07

尾木ママ語る 育児・教育「運動化」はダメ

形や数字でみえない背景に迫れるかだと思ったインタビュー。

***
「尾木ママ」に県内の環境聞く
(2012年01月07日asahi.comさいたま)
http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000691201070001
◇育児・教育「運動化」はダメ/会話から子の実情分かる

 「尾木ママ」としてテレビなどで引っ張りだこの教育評論家・尾木直樹さん。埼玉県の教育や子育ての環境についてどう思っているのか、聞いてみました。

 ――埼玉との接点は

 近いので、PTA連合会や青年会議所などに招かれて、講演やトークショーでよくうかがいますよ。教育や子育てでは厳しい環境ですね。幼児虐待や、子どもに関する問題をよく耳にします。2002年に狭山市で起きた保育所長の焼身自殺には衝撃を受けて、保育所の現状を調査しなきゃと思ったんです。

 ――全国に先駆けて実施した「業者テスト追放」など、曲折した公立高校の入試改革は元に戻った感じもします

 そもそも、高校入試がある国は少ないの。中等教育といえば思春期の6年間でワンセット。学力だけでなく、人格の発達をどう保障するのかを考える時期に高校入試をやって、自己肯定感がストーンと落ちる経験をさせるでしょ。

 国際調査で日本の子どもの自己肯定感は他国と比べて低すぎます。東大生だって低いんですよ。自分に自信が持てないと、難しい問題や課題に挑戦する意欲を持てない。人に優しくできない。自己肯定感は生きていく原点で、それを育むのが子育ての柱の一つです。

 ――子育てといえば、埼玉県では「親の学習」に力を入れていますが

 私のブログに育児の悩みが書き込まれますが、昔なら井戸端会議で解消されていたような悩みばかり。地域の共同体が崩壊したと実感します。周囲の環境を変えずに親だけで育児をするのは、もはや不可能です。

 育児や教育は「運動化」してはダメ。「あいさつ運動」とか「早寝早起き朝ご飯運動」とか、大っ嫌いなの。でも埼玉は先頭を走るぐらい盛んですよ。

 運動にすると数値目標を掲げて競い合ってしまう。入ってこない親を冷たい目で見る地域ができるわけ。朝ご飯を食べさせたくてもできずにつらい思いをしている親を、支援や労働環境の整備抜きに悪者にしてしまう。

 学校であいさつしないでうつむいて通り過ぎる子がいたら、「どうしたの」と聞けばいいの。会話の中から実情が見えてくるでしょ。もし、その場であいさつさせて、「全員できた」と喜んでいたとしたら、あまりに表面的すぎますよね。一番大事なのは、素のままの子どもを受け止められる地域や親になることなんです。

***

多忙ななかでも年間100回以上の講演を重ねているという尾木ママ。

上記のような実情を踏まえて、児童福祉や教育関係者に問われているものは大きいですね。
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ひとつ、ひとつ 記者の目

***
◇記者の目:被災地を取材して半年=神足俊輔(三陸支局)
(2012/1/6毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20120106ddm004070005000c.html

 ◇神足(かみあし)俊輔
 ◇「でもね」に続く言葉、伝えたい

 東京の前任地を離れ、岩手県三陸沿岸の東日本大震災の被災地で取材を始めてから、半年がたった。大事な人を失った悲しみ、生き残ってしまったことに対する自責の念、将来への不安……。毎日のように被災者の思いに触れる。そして、家族や友人と過ごす時間など、これまで自分が「当たり前のもの」として受け入れてきた存在の大切さを、いま思い知らされている。

 ◇「仮設できれば」考えが甘かった
 新年を私は担当エリアの一つ岩手県大槌町の中心部にある大念寺で迎えた。この寺に毎年歩いて初詣に来ていたというクリーニング店経営、佐々木嘉一さん(41)は、7キロ離れた仮設住宅から車で訪れ、鐘を突いた。寺には震災で亡くなった同級生が眠る。津波で全壊した店を12月に仮設商店街で再開した。「進んでいくしかない」と語った後、「本当は、スタートラインにも立てていない。正月という感覚はない」と漏らした。

 大槌町の死者・行方不明者は1300人以上。町長はじめ町職員39人も犠牲になり、3000戸以上の住宅が全壊した。私が赴任した昨年6月、仮設住宅の建設は進まず、入居率は県内で最低。震災前の人口の約4割、6500人が避難所で暮らしていた。

 赴任直後に訪れた同町の避難所の一つ、安渡(あんど)小学校には町の防災計画の想定人数の2倍以上、250人がいた。1人当たりの居場所は布団1枚程度。人がひしめいていた。震災から3カ月になるのにまだこんな状況なのか、と衝撃を受けた。仮設住宅に入れるようになれば状況は改善するだろう。そう考え、仮設住宅建設を促す記事を書いた。

 8月になると大槌町でも全避難所が閉鎖され、生活の場は仮設住宅へ移った。そこで取材を進めるうち、「仮設住宅ができれば」との考えが甘かったことに気づかされた。

 11月9日付夕刊(東京本社版)の「仮設が自分の家とは思えない」という記事で紹介した佐々木テルさん(82)は、4畳半の狭い部屋での不自由な暮らしを一通り話してくれた後、友人と離ればなれになってしまったつらさを語り、「夜になると、涙が出てしまうんだよね」とぽつりと漏らした。それまで明るく振る舞っていたテルさんからは想像もできない一言だった。

 テルさんのお宅にはそれからも何回かお邪魔している。「お茶っこ飲んでいき」。いつも笑顔で迎えてくれる。部屋に入り、なんでもない世間話をする。ふと会話が途切れた時、「やっぱり、涙が出るんだよね」とこぼす。

 夕闇が迫る頃に辞去する私を、テルさんは必ず玄関先で見送ってくれる。「気をつけてね。今日はありがとう」。私が帰れば、1人になってしまう。私の車のミラーに映るテルさんの影がいつも、たまらなく悲しく映る。

 同県釜石市の女性(34)にはまだ小さい息子が2人いる。震災当時、35歳だった夫は職場のあった大槌町から家族のいる釜石市に車で戻る途中、津波で行方不明になった。

 11月に遺体が見つかったが、彼女は、その直後に取材に応じてくれた。「以前と変わらない振る舞いに友人が驚く」と話す彼女とは、33歳の私と同世代ということもあり、2時間以上話し込んだ。そして話が途切れかけた時、「でも、やっぱり家族連れを見ると、思い出しちゃうんですよね」と、ぽつりと漏らした。「周りも大変な人ばかり。誰にも話せない」と続けた。

 「話を聞かせてください」。その一言から始まる被災地での取材。ぽつり、ぽつりと口を開いてくれる人もいれば、問わず語りを始める人もいる。「がんばんなきゃ」「復興しなきゃ」。だが、前向きな言葉の後に、たいていの人が「でもね」と言う。そしてその「でもね」の先は、一瞬にして失ってしまった、これまでの日常生活への思いに向かうことがほとんどだ。

 ◇当たり前の日常、大切さに気付く
 赴任後、居を構えたのは同県大船渡市の被災を免れたアパートだった。同い年の妻と2歳の娘を東京に残しての単身赴任である。近くに商店や飲食店はなく、昔からの知人と言えば同じ棟に住む同僚記者だけ。車で片道1時間かけ、大槌町や釜石市を行き来する毎日だった。

 東京で勤務していたころ、同僚と仕事帰りに酒を飲みに行っていたこと。家に帰ったら家族が迎えてくれたこと。日常、当たり前のようだったこれらの一つ一つが、自分の人生にとって、とても大事なものだったことに、改めて気付かされる。「でもね」の後に語られる言葉を伝えること。被災地に新しい「日常の生活」が少しでも早く訪れるよう、書き続けること。今、それが記者としての自分の役割だと思っている。
***

ひとつ、ひとつの大切さ。

おそらく、3月のちょうど1年を迎えるまで、報道は激減していく。

そしてその後はもっと忘れられるかもしれない。

目の前のひとつ、あのときのひとつ。

忘れないように、向き合えるように。

気づくことの大切さを、心にかけて。

ジレンマ、世代で何がどう違うのか

毎日新聞では年始から30代の特集http://mainichi.jp/life/job/archive/を連載しています。

また、1月1日夜から3時間放送されたEテレ(NHK教育)の「ニッポンのジレンマ」という番組は、

1970年以降生まれの出演者に限定して、新世代の討論をしたそうで。

時間帯として他局をおさえてトップの視聴率になったといいます。

その反響をうけて、1月7日(土)深夜1時20分(日付は8日)から3時間、Eテレで再放送されます。

Eテレ「ニッポンのジレンマ」
http://www.nhk.or.jp/jirenma/

私も録画をして、観る予定です。

今年は「世代」がキーワードになるのでは?

そんな傾向があり、さらに強まる予感もしています。

人間関係 よりよくするには 何でもランキング

年賀状 手書きの文字で ほめられて 意外な人から 得たやる気

年賀状をいただいた方、思わぬ人から率直な言葉でほめられて、やる気になった私。

ちょっとした言動で、うれしくなったり、傷ついたり。

昨年は環境も人間関係も変わって、外部の人とのかかわりも。

そんななか、日経生活モニターの1000人調査を目にしました。

職場と家庭についてのもの。

下記のランキング、URLが長いので直接リンクをはります。

人間関係 よりよくするには 何でもランキング

何かが起きると、その裏で何倍ものカバーしないといけませんしね。

ミスは一人では起きにくく、複数の重なりのなかで起こるもの。

この1年、さまざまなスポーツ選手の著作を読んできましたが、スポーツでも同様。

善意か悪意かに限らず、トラブルの事後対応の裏には知らない努力が実際にはたくさんあるもの。

それらを未然に防ぐためには、基本的なことですが、調査結果の指摘を踏まえたいですね。

新しいものは、ないようですが。

何度も同じ指摘されているのに本質に気づかない。

そんな人は同じ失敗を繰り返す。その裏でどれだけの労力がかかるか。

なぜそう言われているのか、想像力と謙虚さ。

気をつけたいもの。

2012.01.06

まず目の前のひとつを大切に

***
◇香山リカのココロの万華鏡:まず目の前を大切に /東京
(2012/1/4毎日新聞東京版)

 昨年末に雑誌の取材を受けて、「来年のご自身の目標やキーワードは何ですか」と聞かれたのでこう答えた。 「えーと、目標はとくになくて、キーワードは“とりあえず”と“それなりに”ですね」

 それを聞いた編集者は、「はあ? 冗談でしょう?」と言いたげな顔をしたのだが、私としては、正直な気持ちを話しただけだ。

 診察室でも年末には、この「それなりに」「とりあえず」という言葉を何度も聞いた。大震災、長引く不況、その上、患者さんたちにとっては病気との闘いもあるわけだから、誰もがいわゆる“いっぱいいっぱい”。その中で迎えた年末に、「まあ、自分なりになんとかがんばって、ようやくここまで来た感じですね」「とりあえず来年も、いまのペースでゆっくりやっていきますよ」という会話になるのは、ごく自然のことだろう。

 いや、それどころではない。この苦難の状況の中、たとえ「とりあえず」であっても年末までこぎつけ、そして新しい年を迎えるというのは、実はたいへんなことなのだ。

 「とりあえず、それなりにやってきた。それって、とてもすごいことじゃないですか。あなたが一生懸命、生活や治療に取り組んできたからこそ、そう言えるんですよ」

 ふだんの会話の中では、「とりあえず」や「それなりに」という言葉は、決して良い意味では使われない。なんだか中途半端で終わったとか、不満足なままだった、といったあいまいな感じがするときに使われることがほとんどだ。

 とはいえこの時代、高いところにある理想とか完璧な成功だとかを追い求めても、そこにはなかなか到達しない。それどころか、私たちの毎日には、いろいろなアクシデントも起これば思わぬ悩みごとがわいてくることもある。

 そんな中、すべてを「もうダメだ」と投げ出すことなく、「とりあえず、今日一日」と自分に言い聞かせながら目の前にあることに取り組む。

 その積み重ねは、決して簡単なことではない。

 私に限らず、これといった今年の目標がまだ立っていない、という人もたくさんいるだろう。そういう人に私はおすすめしたい。「まずは、とりあえず今日だけ、自分なりにやれることをやってみる、というのはどうでしょう」。私も遠くや高いところはあまり見ずに、まずは目の前の人やものを大切にしながら、ゆっくりと生きていきたい。今年もよろしくお願いします。
***

大きな目標は私にもある。

それを掲げてがんばる。

でも、目の前にあることと向き合って、ひとつを、今日一日を。

目標が崩れて、うまくいかなくても、誰にもくるひとつを、今日を。

だから明日も、たぶんがんばれる。

今日がんばることの積み重ねが大変なんだけど。

今日ダメでも、あした目の前にくるものに向き合って。

目線は低く、前を向いて。

その先に希望があるはずだから。

先送りしない積み重ね、それが私の今年の課題。

ひとつ、ひとつ。

2012.01.04

魔法使いの少年

何も言わず、動画を見てください。

ACジャパン 2011年度全国キャンペーン
「魔法使いの少年」
http://www.ad-c.or.jp/campaign/self_all/01/index.html

その動画を観て、

作文を読んだ。長くないもの。

http://www.ad-c.or.jp/sakubun/prize.html#01

原作になった最優秀賞だけでなく、その下にある優秀賞、その下にある佳作も・・・。

いい話って、あるんだよね。

気づかないだけ、気づかないふり、やらないだけ、やれないふり、

だとしたらもったいない。

嫌なこと、何かができない、気に入らない、そんなことを強調するのではなく、

いいこと、何かできたこと、できそうなこと、その発見と話題、

そんなリレーの先に、希望があるんだと思いたい。

2012.01.03

 「疑い」 最期の言葉がズシンと響いて

最近、国民的作家・松本清張の最期のインタビューの内容を知りました。

「その飽くなき好奇心の根源にあるものは何ですか」と問われ、

「『疑い』だね。…体制に対しても疑うし、学界的に偉い人が言ったことでも鵜呑みにせずに疑ってかかる。…もう少し加えて言うと、歴史にしても社会現象にしても、上から見ないで、底辺から見上げること」

と1992年に、週刊誌に語っています。

私にはズシンと響く言葉です。

学生時代、私がまだマスコミ志望だったころ、何人かの講師から「疑うこと」が前提の姿勢として重要だと諭されました。

疑うこと、確かめること。それで新しい視点に気づける。

いま、社会が岐路に立つなかで、姿勢を磨いて、確かなものにしていきたいです。

ただ、私の場合は、人まで疑ってばかりで、信じることをおろそかにしてきたこともあり、

30代に入って、自分を見つめ直す必要に迫られてきました。

信じることと疑うことのバランス、メリハリをしっかり持って、

1日の日記にも書いたように、もっと人間的に、喜怒哀楽も前に出して、2012年を。

松本清張さんは私の故郷にゆかりのある人で。

今を生きている人、まわりで支えてくれている人たちを大切にすることだけでなく、

もっと教養、知識を身につけて、お金のあるなしでなく、

「知識がゆたか」「話題がゆたか」と一目おかれるように、

ゆたかに生きていけたら。

「ゆたかさとは何か」を考えながら。

偉そうな視点・切り口は控え、底辺から見上げつつ、このブログもいつまでも続くわけではありませんが、あと少し書いていけたらと。

「どんな本を読んでます?」と聞かれて、30過ぎても「読書はちょっと・・・」と答えてきた私。

少し本を読むようになって1年。

いまの自分に満足せずに、人や社会の影響をもっと受けながら、自分で決める選択をしていかないととやっと思えるようになりました。

抱負シリーズはこの辺で終わり、明日からは私なりのチャレンジへ。

3月12日から始まる 言葉で前を向くカレンダー

一歩一歩、進んでいかないといけない2012年。

今年は、「相田みつを」http://www.mitsuo.co.jp/museum/index.htmlのカレンダーだけでなく、

渡辺謙さんと小山薫堂(こやまくんどう)さんが立ち上げた震災支援サイト、

kizuna311
http://kizuna311.com/

がよびかけて販売する、

「前を向くカレンダー」
http://kizuna311.com/calendar/

にしようと思っています。

サイトではこのカレンダーを、

『あなたが1枚めくると、被災地でも誰かが1枚めくる。ふと目にする「言葉」で、その日が前向きになる。』

と紹介しています。

この紹介の言葉も、素敵だなぁと。

私も、言葉の力を信じたい。

amazonでも予約受付が始まりました。

このカレンダーは1月末に販売開始で、前を向く言葉がサイトなどを通じて集められ、つづられたもの。

3月12日から始まるカレンダーといいます。

2100円。

1冊買うともう1冊が被災地の誰かへというもの。

ちなみに、小山さんは「料理の鉄人」などの人気番組の構成も手がけ、

映画「おくりびと」の脚本なども。

紅白で嵐が歌った「ふるさと」の作詞も小山さん。

気づきましたか?

テレビ画面に表示が出ていました。

年末には、おととし買ったテレビの画面の不具合が修理で直り、明日は昨夏に買ったパソコンが修理で旅立つという、

少しだけ残念な年越し、年明けを迎えていますが、

時々後ろを振り返り、チラチラ横目も気にしながらも、前を向いていきましょうね。

近くの駐車場にも、掲示されています。

「前向きでお願いします」って。

追記:1月4日夜は映画「おくりびと」のテレビ放送があるんだとか。書いた後に気づいて。おもしろいですね。

今年もよろしくご支援ください

私も、あたたかくなるものをと協力しました。

ぜひ、ご支援ください。

目に見える支援、顔がわかる支援、現地のお店を通じての支援って、いいですね。

復興市場
http://fukkoichiba.com/

晴れ着で笑顔の4歳児 目標と今欲しいものは

2012年、スタートの日刊スポーツであの子が笑っていた。

震災後、東北岩手で記者が追い続けた3歳児。

いまはもう4歳になっていた。

その笑顔は愛くるしく。

大晦日に語ったという目標は「おにぎりを作ること」

そして今欲しいものは…。

小さな背中に背負っているものの重さと希望の大きさを想わずにはいられなかった。

子どもたちが笑って過ごせるように、頑張り合いたい。

◇倫子ちゃん晴れ着 今年も被災地の太陽に
(日刊スポーツ2012/1/1)
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20120101-883893.html

〔2011年の日刊スポーツから〕

7月11日
http://photos.nikkansports.com/general/genki/archives/20110711_19017.html

6月11日
http://photos.nikkansports.com/general/genki/archives/20110611_17180.html

5月12日
http://photos.nikkansports.com/general/genki/archives/20110511_16774.html

4月2日
http://photos.nikkansports.com/general/genki/archives/20110401_14172.html

2012.01.02

元日の新聞から考えたこと 読み手の力も問われる

新聞は、数年前から、誰が書いたかわかる署名記事が一般化された。

以前にあの記事を書いた記者が今度はこの記事を書いているということが、つながりとして見えてくる。

首都圏で貧困、生活などを追ってきた記者が最近は震災関連の記事を書き続け、この元日には、被災地のくらしを伝える一面記事を。

その内容にも考えさせられた上、取材の大変さも想像することになった。

その家族は写真で顔も出し、実名も出し、紙面だけでなく、ネット上にも載る。

取材に協力したところで、経済的なメリットもない。

しかも取材は忙しい大晦日。

そこまでに記者がその家族と丁寧な関係を築けたからこその記事に違いない。

東日本大震災:新しい年、必ず来る(その1) 被災地、万感の年越し
(2012/1/1毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120101ddm001040037000c.html

私たちは、年の瀬、そして年明けを迎えた中で、「春」を前に進学、お金の工面などに苦悩する子ども、家族、教育関係者のつらさも察しなければいけない。

特集:東日本大震災 毎日希望奨学生のいま 前向いて一歩ずつ
(2011/12/22毎日新聞)
http://mainichi.jp/life/edu/news/20111222ddm010040047000c.html

テレビが伝えない、伝えられないことがそこにある。

学費が高いという問題は、震災のような自己責任でない状況がふりかかったとき、学びたいのに学べないという矛盾をさらに大きくさせる。

新聞の力が読み手の力とともに、大きく問われる1年になるはず。

その毎日新聞では、元日から新たな連載企画として、30代の働き方にしぼった特集をスタートさせた。

その今後の展開と反響がとても気になる。

リアル30’s:働いてる?/1 歯車には、ならない 仕事はする。自分のために
(2012/1/1毎日新聞)
http://mainichi.jp/life/job/news/20120101ddm013100017000c.html

ブスの25ヶ条

宝塚には、ブスの25ヶ条というものがあるそうで。

ブスという表現には違和感ありますが、

性別に限らず、心のブスにならないように気をつけたいものです。

備忘録として。

<宝塚 ブスの25ヶ条>

1.  笑顔がない

2.  お礼を言わない

3.  美味しいと言わない

4.  精気がない

5.  自信がない

6.  愚痴をこぼす

7.  希望や信念がない

8.  いつも周囲が悪いと思っている

9.  自分がブスであることを知らない

10. 声が小さくイジケている

11. なんでもないことに傷つく

12. 他人に嫉妬する

13. 目が輝いていない

14. いつも口がへの字の形がしている

15. 責任転嫁がうまい

16. 他人をうらやむ

17. 悲観的に物事を考える

18. 問題意識を持っていない

19. 他人につくさない

20. 他人を信じない

21. 人生においても仕事においても意欲がない

22. 謙虚さがなく傲慢である

23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れない

24. 自分が最も正しいと信じ込んでいる

25. 存在自体が周囲を暗くする

2012.01.01

おみくじ 大吉が出る確率 運不運

新年早々、ひきました?

何を?

宝くじはハズレがありますが、

おみくじはハズレがなく。

私のひいたおみくじは、

なななんと、大吉でした~。

初日に運をすべてつかったような感じですが。

ちなみに、大吉の確率は、ところによっても違うそうですが、17%程度だそうです。

6人ひくと1人が大吉。

おみくじ…その勘違いが運を逃します All About (オールアバウト)
http://allabout.co.jp/aa/special/sp_newyear/contents/10050/220579/

によれば、大吉は持って帰っていいそうで。

「その場で結ぶのは凶をとどめて吉に転じるようにお願いする場合のみ。また、たとえ凶であっても自分への戒めとして持って帰っていい」とのこと。

さらに、大吉の確率も気になりますが、凶のそれも。

若者向けのフリーペーパーR25によれば、東京・浅草寺は、凶が3割も入っているとか。

おみくじで大吉を引き当てる確率(R25)
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/wxr_detail/?id=20111231-00022429-r25

大吉にも戒めの言葉があり、おみくじは運に頼るのではなく、自ら運を切り開くものなんでしょうね。

笑いと話題をゆたかに、運を運べるように、生きたいですね。

いま、うん!と思った人は運がきて、ふぅ~ん!と思った人は不運がくるんじゃないでしょうか。

新春早々、ツイッターで、Wコロンのねづっちが、なぞかけの「かけ初め」をやってました。

「ととのいました!あけおめとかけて、オリンピック選手ととく、その心は、謹賀新年(金が信念)です」(ねづっち)

さすがですね。

大吉のおみくじに「何事も心を正直に強く持ち 物事に退屈せず信心怠らず勉めれば 時到りて後にはおおいに仕合せよくなります 騒がず時を待ちなさい」と

とあって、うれしくて、アレコレ書いてみましたが。

さあ、新しい年。

声を出していきましょう。

ちなみに、診断メーカーの「おみくじ」も大吉でした。

診断メーカー おみくじ
http://shindanmaker.com/179743

SMAPの中居君の行為の意味、善意の行方

クリスマスイブの日の新聞の宮城版。

SMAPの中居さんの善意をきっかけにした、おとなの行為が騒動になっていたことを伝えていた。

***
’11取材帳から:/5 ゲーム機騒動 小さな心に大きな傷 /宮城
(2011/12/24毎日新聞宮城版)
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20111224ddlk04070120000c.html

 東日本大震災によって石巻市で設置された避難所でゲーム機騒動が起きた。石巻市立門脇中学校の避難所を訪れた人気グループ「SMAP」のリーダー、中居正広さんが子供たちに配ったゲーム機を臨時市職員が回収したことが発端だ。ゲーム機を返すことになったのは、避難所をクラシックバレエ慰問で訪れていた同市内のバレエ教室の子供たち。「避難所外の子供」が主な理由だった。

 避難所の近くにいた私が子供たちの異変に気づき、事情を聴いたところ「中居さんからもらったゲーム機を取り返された」と、泣きじゃくりながら訴えてきた。状況が分からなかったが、取材を進めると、プレゼントされたゲーム機を突然奪われてしまい、傷ついた子供たちの心情が浮かび上がり、怒りを抑え切れなかった。

 一方、市避難所対策室には子供たちの保護者らから市の対応を批判する抗議の電話が相次いだ。事態を把握した市は「配慮に欠けた」と陳謝し、回収したゲーム機をバレエ教室を通じて返却することを決めた。

 ところが、人気グループSMAPの中居さんが絡んだ事態とあってすぐに沈静化に向かわなかった。スポーツ紙やテレビのワイドショーでも騒動が取り上げられ、全国的な話題になった。私にもゲーム機騒動に関する電子メールや、ツイッターからの意見が数多く寄せられた。

 反響の中には、名古屋在住の女性が「返却されたゲーム機はその後どうなったか」と尋ねるなど経緯を知りたいとの声も目立った。

 市によると、中居さんが避難所で配ったゲーム機は計16台。うち12台がバレエ教室の子供たちに配られた。母親たちから強い抗議を受けた市職員は10台を回収する一方で、2台はバレエ教室で共用するようにと回収しなかった。

 バレエ教室では翌日、保護者を集めて状況を説明。市がゲーム機を返却する話も出たが保護者らは「ケチのついたゲーム機はいらない」と受け取りを拒否。「共有としてもらった2台」も返却した。

 この騒動を知った中居さん側は「数が足りずに申し訳ない」と、避難所にいた中学生以下の38人全員に行き渡るようにと不足分を含め計34台のゲーム機を贈ったという。

 バレエ教室から受け取りを拒否されたゲーム機はその後どうなったのか。市は「今さら中居さんに返すわけにもいかない」と困惑。引き取り手もなく、同対策室で保管されていた。8月下旬になってやっと気仙沼市唐桑の児童施設「旭が丘学園」に贈られることが決まった。

 ゲーム機騒動は、子供たちの心情を無視した大人たちの行動が招いた。子供たちにとっては、例え鉛筆1本でも「SMAPの中居さんから直接もらった」ということに励まされるのではないだろうか。小さな心に大きな傷を残してしまった。【石川忠雄】=つづく
***

避難した人、とどまった人、仮設にすぐ入れた人、すぐ入れなかった人、入れたけれど設備が十分でない人…。

さまざまな被災者。

被災した人、していない人。

日本が被災したと思う人、東北が被災したと思う人。

最終的に児童養護施設へとは・・・。

なぜ善意が生かされなかったのか。

行為の意味、善意の行方、配慮を忘れないようにしたい。

今年の目標 いい話グセを身につける

新しい年、2012年。

いい年だったね、みんなでがんばったよね、そう振り返ることができる1年にしたいという思いが、今みなぎっています。

感情的な対応をされるのが嫌で、冷静に冷静にと生きてきましたが、もう少し人間的に、喜怒哀楽を前に出して生きたいなという気持ちもあります。

さて、十二支のなかで、唯一の神話・想像上のものが辰・龍なんだそうで。

昇ることも大事ですが、前提として支えあえる社会にできるかどうか。

増税と社会保障の「改革」、政治をめぐっても何度も波乱がありそうです。

そんな折、何が正しいか、おかしいことを指摘して、それをまっすぐ主張していくことが求められています。

でも、同時に、その姿勢として、まわりの共感を得られているかを意識しなければ、空振りどころかマイナス効果になってしまいます。

人は理性だけで動かないですよね。感動・感情がそこに寄せられてこそ。

最近読んだ『いい話グセで人生は一変する~人間関係を幸せにする技術』(小中陽太郎 青萌堂)に刺激をうけました。

自分が話そうとするときにキラリと光る内容が3つのうちの1つが備わっているか、確認したほうがいいと指摘されていました。

1つキラリと光るものがあればいいと。

その3つとは「教訓」「ユーモア」「やさしさ」なんだそうです。

確かに1つもないと、独りよがりですよね。

下手な話し方として、

1.なかなか本題に入らない

2.そうかと思うと、やたらせっかちに結論を求める

3.こちらの意見に聞く耳をもたない

4.笑いやユーモア皆無、杓子定規

これらを反面教師にして、この逆をいけばいいと。

1.なるべく早く、本題に入り、核心をつく

2.さりとて結論を急がず、相手の言い分をまず聞く

3.必ず、ある一致点に達する(スタートした以上、ゴールにまで行きつく)

4.時々笑いを交える

確かにそうですね。

好まれない話し方として、

1.心にもないお世辞を言う

2.いきなり笑いをとろうとする

3.やたら賛成する

4.何の成果もなしに別れる

始末の悪い話し方として、

1.いちいち念を押す、発言を復唱させる

2.お説教をする

3.自慢話ばかりをする

4.やたらメシをおごろうとする(対等に話そうとしない)

5.困ったらいつでも来た前、といつも上から目線

納得です。

私には難解な部分もありましたが、とてもためになる本でした。

本も読み、人の話も聞き、自分の話や生き方を構成していきたいというのが、今年の抱負です。

昨年から、読書をして1年。

人にすすめられた本も買っています。

本だけでなく、すすめられたものも、指摘されたことも、謙虚にうけとめようと。

関係性のなかで生きていますからね。

吸収力を高めたい。

あと5年早く気づいていたら、もっと成長できていたかもという後悔もありますが、

前を向いて、まわりを信じて。

最初から難しい話になっているかもしれませんね。

みなさん、今年もよろしくお願いします。

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