カテゴリー「社会」の記事

2015.01.02

節目のなかでの2015年に 「改革」「変化」を問い直す

戦後70年。日本の過去と現在をみつめ、未来を問う。

新聞の新年企画でもそんな記事が目立っています。

今年は戦後70年。また、賃上げや雇用のあり方が問われるなかで春闘60年でもあります。

施行は翌年となりましたが、法律の制定(1985年)でいえば、男女雇用機会均等法から30年。

阪神淡路大震災からは20年。

さまざまな節目を迎えるなか、政治は「憲法改正」を視野の中心に入れていこうとしています。

私も年末には40歳を迎えます。

岐路に立つ年、「改革」「変化」を問い直す1年にしたいと決意しています。

社会にむけても、所属の組織内にむけても、自分自身にむけても。

2015.01.01

あけましておめでとうございます 働き方を問い直す1年に

2015年、あけましておめでとうございます。

今年はひつじ年。 群れをなす習性があり、羊毛があたたかさを生んでくれる動物ですが、一人ひとり・メ~メ~の力と、「組」「織」の力をたいせつにする1年にしたいと思います。

昨秋、政府の産業競争力会議の委員でもあり、ワークライフバランスを提唱しているコンサルタントの小室淑恵さんの講演を聞く機会がありました。

日本の労働生産性(時間当たりの生産量、一人当たりの付加価値額)がいかに低く、仕事の成果は最低クラスで長時間労働がはびこっている。 少子高齢化・労働力人口の減少を迎えたなかで、出生率の向上と女性の継続就業が必要で、ワーク・ライフ・バランスのとれる組織への変革が急務だと指摘しました。 重要な会議ほど時間外におこなわれ、昇進するポストは残業・出張などが多く、残業ありきの業務量で、長時間残業が恒常化しているため、 「個人的事情も、時間制約もないごく一部の社員しかモチベーションがあがらない」「非効率な仕事プロセスを改善する意欲が生まれない」などの課題が示されました。 仕事だけの生活では「集中力を欠き、アイディアもわかない」「多種多様なニーズがイメージできない」などの率直な解説に、その通りだと思わざるを得なかったのです。

業務やスケジュールを共有し、自己流でなく効率よく働き、プレゼン力をあげるなどして、自分の働き方を見直そうと決意しました。 この2年半ほど、仕事中心の生活を余儀なくされ、ゆとりが奪われ、自分を見失うような日々をおくってきました。 さまざまな立場の考え方や人と向きあい、自分を見つめ直しながら、一人ひとりの力と組織の力をつけていく1年にしていきます。 このブログでも発信していけたら。

2014.01.02

読書をしない残念さが「読書の効用」で浮き彫りに

読書、してますか?

私は20代の頃は、新聞を毎日読んでいればそれでいいと確信を持っていて、新聞を含めて「読書」だという考えもあるようですが、書籍に限定すれば、ほとんどしていませんでした。

数年前、読書をするために本を買うということは「問題意識を手放さないこと」であり、「1か月に1万円分以上の自分への投資」をすることを、ある研究者の講演で勧められ、それからは読書観が変わり、ずっと続けています。

私は仕事柄、福祉関係者の書いたレポートを読むことが多くあります。人にかかわる仕事をしている人たちの一つひとつのエピソードは興味深いのですが、その描き方を含めた作文としては残念なものが少なくありません。自身が素晴らしい読み物に出会っていないからでしょう。

本を読まない理由を聞くと、「時間がない」「お金がない」「おもしろさを感じない」などの答えが返ってきます。文化で自分を高め、まわりと刺激し合うための工夫や投資がされていないと私は理解しています。

読書をしないことを責めても何も変わらないでしょう。3年前、サッカー日本代表の長谷部誠さんの『心を整える。』がベストセラーとなり、大切にしている読書を「自分の考えを進化させてくれる」とし、反響が広がりました。読書にどんな効用があるのかを深くみつめてみます。

***

平成21年度文部科学省委託事業
「学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究」
「学校図書館活用ハンドブック」学力向上のための読書活動
http://www.j-sla.or.jp/pdfs/material/gakuryoku_kojo.pdf

から「読書の効用」部分を抜粋してみる。

「読書の効用」

読書は新たな言葉、新たな知識、新たな情報を与えてくれる。今まで知らなかった言葉に出会うことができる。ここで大切なのは新しい言葉に出会ったとき言葉の意味を調べて考えなければならない。身近な辞書、あるいは高度な内容であれば百科事典を使って意味を確認する必要がある。出会った言葉の意味を辞書や百科事典で確認する作業をくりかえして言葉を獲得すると、読書という作業をとおして、言葉と言葉のつながり、結びつきを考えるようになる野矢茂樹著『論理トレーニング』(産業図書,1997)では、言葉と言葉のつながり、あるいは結びつきを「論理」と呼んでいる。言葉は互いに関連づけられ、より大きなまとまりを成し、ばらばらの断片から有機的な全体へと生命を与えられるのである。それゆえ、「論理的になる」とは、この関連性に敏感になり、言葉を大きなまとまりで見通す力を身につけることにほかならない。(同書, .)論理的というと難しく聞こえるかもしれない。あるいは、最近「論理力」が頻繁に使われているので、「論理」の意味を深く考えないで理解されているかもしれないが、野矢氏によると、論理的とは言葉と言葉のつながり、意味と意味との結びつきを考えることである。読書によって、言葉と言葉のつながりを、文章を書いた人の考えのつながり、結びつきを、「論理的に」理解するようになる。

●ミークの読書論
教師であり、児童書の批評家である英国のマーガレット・ミーク氏の著書『読む力を育てる:マーガレット・ミークの読書教育論』(こだま・ともこ訳.柏書房,2003)は子どもの読書について示唆に富む論点を提供してくれる。ミーク氏は、現代社会のしくみが複雑化して、日常生活のあらゆる場面で文字を読むこと(リテラシー)が要求されることを指摘して、「読むことは自分の体験や学習に直接結びつくもの、そして将来の自分に必ず役に立つもの」(同書)としている。
ミーク氏は、良き読者が「実用的な知識を得」るだけでなく、「幅広く奥深い人間の経験を読み取ることができる」と指摘して、「人は本を読むことによって、精神の世界に住むことができる」(同書)とも述べている。「読書は想像力を高める」といわれる。文字の連なりを見ただけでは場面の光景は思い浮かばない。想像力を導くためには、言葉の意味と読み手の経験した光景を結びびつける必要がある。想像力を高めるときも、言葉と経験、光景を結びつける論理力が関わっていると言える。

●人とのつながりを生む読書
作家の平野啓一郎氏は『本の読み方:スロー・リーディングの実践』(PHP 研究所,2006)で、遅く読みながら質を高める読書の手法を紹介しているが、「読書は、コミュニケーションの準備である」(同書)と述べている。読書をとおして、作者と読者の対話があり、読者と読者、あるいは未だ読んでいない者との会話へとつながる。読書によって、作者の言葉、考えを借りながら、自分の思いを他の人へ伝える準備ができると平野氏は述べている。

●言葉と言葉、想いと想い、人と人を結ぶ読書
読書によって読み手の中では言葉と言葉、事象と事象、意味と意味を結ぶ論理的理解を作りだす。読書は作者と読者の間で対話を生み、想いと想いを交換することができる。さらに著書を読んだ者が互いに感想を伝え合い、また読んでいない者にも紹介する機会を作る。読書はさまざまな意味でつながりと結びつきをつくる。

***

このように、読書は、言葉と人をつなぐ役割と意義を持っています。

数年前、仕事でつながりのある人が「その人の語彙や読み取る力は、メールを2、3度やりとりしたらわかってしまう」とこぼしていました。私も同感です。

最近はSNS(私もやっていますが)で、とにかく短くその場その場で伝えることが重宝される一方で、深く考えて言葉を紡ぐことがおろそかになっていないでしょうか。

私は周囲にも直接本をすすめますし、SNSでも本を紹介しています。

同時に、自分の言葉や関心を掘り下げる効用を持つ読書をしない人を専門職とするのは、疑問を持っています。それが福祉や保育といったコミュニケーション労働であれば、なおさらでしょう。

また、本の読み聞かせを仕事上の日課としながら、言葉をつづる連絡ノートを毎日書きながら、自らはまったく読書をしないという保育士を、子どもや保護者はどうして信頼できるでしょうか。どこで言葉の力を磨くのでしょう。比較的若い福祉関係の職員とかかわりを持ってきましたが、吸収力のある若い時に本を読む読まないの違いで、大きな差が出ることは否めません。

尊敬する先輩が引退する前に、「話が整理できない人、面白くない人は読書をしていない」と言っていましたが、実際にその傾向は強いと私も感じています。それは上記の「読書の効用」の力が発揮されないからでしょう。

書店に立ち寄ると、多くの本に出会えます。時間のない人でも最近はインターネットで購入することもできます。1週間や1か月に1冊千数百円・2時間を費やすことはできないのでしょうか。

私は人に変化を求める労働組合に携わっています。自分の言葉を磨かない、言葉のつながりを広げない立ち位置ではできないし、自ら変化する読書をせずに変化を求めることがどれだけの説得力を持つだろうかと危機感を持っています。

文部科学省の審議会(1999年 文化審議会国語分科会読書活動等小委員会)では、読書の重要性を、

『読書は人類が獲得した文化である。読書により我々は,楽しく,知識が付き,ものを考えることができる。また,あらゆる分野が用意され,簡単に享受でき,しかも安いという特色を有する。読書習慣を身に付けることは,国語力を向上させるばかりでなく,一生の財産として生きる力ともなり,楽しみの基ともなるものである。読書の習慣を若いうちに身に付けることが大切である。
   国語力との関係でも,既に,本年1月にまとめられた「審議経過の概要」にも示されているように,読書は,国語力を形成している「考える力」,「感じる力」,「想像する力」,「表す力」,「国語の知識等」のいずれにもかかわり,これらの力を育てる上で中核となるものである。また,すべての活動の基盤である「教養・価値観・感性」などを生涯を通じて身に付けていくために不可欠,というより,読書なしに教養等を形成していくことはあり得ない』

 とまとめています。

それでも読書をしませんか。2013年、心に響いた本はありましたか。

2014.01.01

2014年スタート 対話と尊重、新たな言葉の積み重ねの先に

あけましておめでとうございます。

うま年がスタートしました。

政治的には、秘密保護法、沖縄基地問題、首相の靖国参拝と、「騒」(うま偏)がしいなかでの年明けとなりました。

それらに反対する人たちは、経済対策への期待をもってきた国民の支持は離れると見たはずです。

しかし、いまだに多くの世論調査で5割以上の支持を集め、不支持は3割程度という状況です。

中国や韓国との対立は深まり、アメリカでさえ、靖国参拝に「失望」を示したにもかかわらず。

一方、昨年12月の世論調査では、原発を抱える福島、基地問題に知事が屈した沖縄、経済基盤が崩れつつある北海道では、内閣への不支持が支持を上回る事態となっています。

基地問題をみても、私の周囲やフォローしているツイッターの世界では、「知事は公約を守れ」「辞職しろ」という声が目立ちます。

私もそう思います。

が、知事に対する怒りの声をあげるとともに、周囲と対話をすすめなければ、事態は変わらない。むしろ矛盾が深まるのではないかと考えるのです。

普天間基地の辺野古移設に多くの県民が反対する沖縄に対し、全国世論調査となれば、賛成が約5割、反対は3割台にとどまっています(共同通信2013年12月末 賛成49.8%、反対33.6%)。

移設反対派は、沖縄県民の声を代表しているかもしれませんが、国民の声からみれば、少数という現実を直視する必要があるでしょう。

私自身もこれらの動きに歯がゆい思いもしながら、迎えた新年1月1日の朝日新聞に、これだ!と気づきを得た記事がありました。

◇2014年1月1日付 朝日新聞
(異才面談:2)元サッカー日本代表監督・岡田武史さん リアルな中国知って考えた
http://www.asahi.com/articles/DA2S10906682.html

ネットで全文を読むには会員登録(無料会員は1日3本まで読めます)が必要ですが、日中関係が対立の方向に揺らぐなか、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんが中国のクラブチームの監督を務めた経験を振り返っています。

このインタビューで岡田さんは、反日デモでの暴動はごく一部の現象だとした上で、

「ぼくは、どんな問題があっても自分の子どもを戦場に送りたくない。中国の親だって、同じだよ。答えは簡単だ。話し合いしかない。国と国、文化と文化がぶつかれば、接点をさぐるしかない。政治家は分かっているはずだけど、引くに引けない。日本だったら支持率が下がる、中国なら政変がおきる、と。結局、国民自身が大事なものは何かを考えるしかない。サッカーの選手が監督の指示を待たず、自分で考えなければならないのと同じだ」

「だけどね、こんな風に話すと、あいつ、どうしちゃったんだ、国を売ったのか、と言われかねない危険な空気があるよね、いまの日本には」

と語ります。

その「空気」について、岡田さんは続けます。

「口を開けなくなる空気だよ。草の根で多くの人が感じていても、世の中のムードと違うことを言えない。とても危うい」

 

「ぼくは日本代表の監督もやった。日の丸をつけて、ものすごい誇りを持って戦いましたよ。でもね、相手もすべてをかけて戦っていることは尊重している。ナショナリズムは自分たちだけのものじゃない。どちらも国を愛する気持ちを持っていることを理解しないと、ね」

私は記事を読んであらためて考えました。

この2~3年、尊重なき言葉が飛び交っていませんか。

たとえば、大阪の橋下市長について、人気絶頂の頃は批判すらしにくい「空気」がありました。

同時に、「あんな独裁を支持するヤツはバカだ」「いや、支持しないヤツこそ死ね」というような汚い言葉が、それぞれの「上から目線」(と感じられてしまう)をもって口やネットで発されています。言葉になっていない心の内にはもっと激しい表現があるかもしれません。

岡田さんの記事が出たばかりですが、「あいつバカ左翼」「中国に行ってればいい。日本に来るな」など、攻撃的で失礼な言葉が発されないでしょうか。

全体とまでは言えませんが、一部にそのような不毛な対立の空気も強まっていると感じます。賛否双方の立場に言えないでしょうか。流れに対して意見が言いにくい空気や、「またやってるよ」という入っていけない空気がないでしょうか。

たとえば、怒りをもって、「○○やめろ!」と切実さをもって攻撃的にシュプレヒコールをあげることは、国会や地方議会、不祥事を抱えた企業の前などではアリでしょう。

しかし、相手が権力ではなく、近くにいる一人ひとりや、不特定多数となるネットでも、自分の意見が絶対で、それ以外を認めない人を切り捨てるような一方的な言葉と発信では、共感は広がらないどころか、理解が狭まっていくのではないかと強く懸念します。

少数意見でもしっかり声をあげ、その声のあげ方を含む表現は、もっと丁寧で多様でなければ。相手を尊重することを前提に。

対立すべきは、相手自身ではなく、相手の考え方なのですから。その変化を求めようとするときに、その人自体を否定しては、溝は深まるしかありません。

アメリカ在住の映画監督で、最近は橋下批判で知られる想田和弘さんが著書『日本人は民主主義を捨てたがっているのか』(岩波ブックレット No.885)が、橋下氏を支持する人たちと議論していて「馬の耳に念仏を唱えているような空虚さ」を指摘しています。橋下氏の発する言葉を支持者がそのまま使っていることを示しながら、同時に批判している側の「僕らの繰り出す言葉も、だいたい語彙が決まっている」と自戒しているのです。

「独裁」「ヒトラー」「強権政治」「戦前への回帰」など、確かにそうです。「考えてみれば、実は僕らにも戦後民主主義的な殺し文句に感染し、むやみに頼りすぎ、何も考えずに唱和してきた側面があるのではないでしょうか」と警鐘を鳴らし、「紋切り型でない、豊かでみずみずしい、新たな言葉を紡いで」いくことを提言しています。

昨年末にこのブックレットを読み、そして、岡田さんの言葉を受けて、2014年は、対話と尊重をもとに、言葉を紡ぎ、積み重ねていく必要を心に留め、実践していくつもりです。

対立で攻撃し合うのではなく、また遮断してしまうのでもなく。さらに、これまでと同じ言葉を重ね続けるのでもなく。

岡田さんは同じ朝日新聞の記事で、「国民自身が大事なものは何かを考えるしかない。サッカーの選手が監督の指示を待たず、自分で考えなければならないのと同じだ」とも語っています。

監督のせいだけにする選手がいいプレーをできるはずがありませんし、それでは真に強いチームにはなれないはずです。

今年は、うま年です。

「馬の耳に念仏」は、言葉が響かない「馬」に責任を負わせるのが一般的な意味合いですが、「念仏」にこそ響かない原因があるのではないでしょうか。飽きられてしまう表現や嫌悪されてしまうスタイル、誰が言っても一緒の言葉では、変化は生まれにくいはず。

対立と無関心を乗り越えて、新たな視点を含めて考え合っていきたい2014年です。

2013.12.31

問われるのは「言葉の力」 ネットは一つのツールであって万能ではない

ツイッターを始めて今月末で3年になります。

1回のつぶやきは140字まで。

そのなかでその時の思いをつづるのがツイッター。

公開設定であれば、世界に発信され、ツイッターをやっていない人も見ることができます。

疑問に対して親切に答えてくれる人や、新しい知識を与えてくれる人もいて、新鮮です。

ただ、「なう」に象徴されるように、今そこだけのやりとりを意識しがちです。

140字から読み取ることが難しいこともよくあります。それでトラブルになってる例も散見されています。

字数制限のないメールでも、意思疎通がうまくいかないこともあるわけですから。

仕事上もそうですが、大事なことはメールなどネットの文字だけでやりとりするのではなく、

電話や対面で相談・調整するのが今でも一般的だと私は思っています。ツイッターなどネット上だけのつきあいでは、それはできないわけですが。

読み取る力のない人もいて、また先入観や情報格差もあるなかで、字面だけで大事な判断ができるとは限りません。

だから私は、周囲にも「大事なことは電話で」と言いますし、私自身もそれを実践しているつもりです。それでもメールでしか連絡しない人もいますが、理解するつもりがないのでしょうね。

猪瀬直樹氏は「言葉の力」を副知事時代から強調していましたが、その力のなさを露呈する形で失脚しました。

福祉職場でも、コミュニケーションの時間と力が足りず、うまくいかない状況が、一職員や管理職から聞こえてきます。

問われるのは「言葉の力」。これまでも強調してきましたが、こだわっていきたい力です。

2013.01.04

対立軸は立て、その背景をたどり、違いを乗り越えたい

1月1日の朝日新聞をご覧になりましたか?

テーマは沖縄基地問題。

http://www.asahi.com/special/billiomedia/nakamura.kazuyo.html

記者はツイッターを双方向の発信ツールとして、取材を重ねます。

その取材がどうすすめられたのか、過程も明らかにされています。

私もツイッターを始めて、今月末で2年になりますが、

ここまでの実験・挑戦を試みた記事を紙面として読んだのは初めてです。

情報の流れと人の動きの変化が、反原発の官邸前デモを象徴に大きく広がったのが2012年。

ですが、ツイッターをやらない人にとっては、さっぱりよくわからないというのが到達点だったはず。

実際に、この紙面のツイッターのしくみそのものについての解説記事は、伝わりにくい内容となっています。

それでも、どのようなやりとりがされて紙面になったのか、基地問題の賛否の奥にどんな想いがあるのか、

そこは従来の記事よりも伝わったのではないかと感じます。

10億(ビリオン)の人が自ら発信する時代、2013年の連載企画として朝日新聞は、

ビリオメディア
http://www.asahi.com/special/billiomedia/

という連載企画を始めました。これが第1回でした。

ツイッターをやって、何になるのか。対面・対話が基本だろう。

いまだに批判する人がいます。

対面・対話か、ツイッターか。

その対立ではないのです。

やっても見ずに批判だけするのでは、何も前にすすまないどころか、後ろ向きでしかありません。

1日付の朝日記事には、一方で「今ごろ…」という声(新聞の対応・変化が遅いという意味)もありますが、

私は、変化の象徴だと記事を読みました。

1日の連載を書いた仲村和代記者。

2012年11月7日の社会面に、

「きょうも電話で怒鳴られる」
http://www.asahi.com/national/intro/TKY201211060698.html

を書いた記者。2012年に読んだなかで一番の衝撃を受けた記事でした。

〈新年取材班日誌〉コールセンターに見る沖縄の格差
(2012/12/9)
http://www.asahi.com/news/intro/TKY201212080687.html

という追加記事もネットにはあります。

数年前に、新聞も署名記事が当たり前になりました。

いまは、ツイッターでさらに個々の記者が身近になるとともに、責任も重くなったのではと。

さらに、記者と読者が、読者と読者が双方向でやりとりできるようになったことは大きな変化です。

私は、新聞を読んで25年になります。

子どものころは新聞記者にあこがれた一人です。

マスコミを批判するのは楽ですが、愚痴を言うだけは何も前にすすみません。

直接伝えあうことができる時代だということを意識して、私はみなさんといっしょに発信していきたいと思います。

2013.01.03

憲法に「男女平等」を起草したベアテさん

あけまして、おめでとうございます。

年明けに初めてふれたニュースは、

ベアテ・シロタ・ゴードンさんの逝去。

2005年に公開された、

映画「ベアテの贈り物」
http://www.beateg.com/

でも明かされていますが、

日本国憲法の草案、特に両性の平等を第24条に盛り込んだことで知られる人物です。

映画公開当時、私も岩波ホールで鑑賞させていただきました。

憲法・国のあり方が問われることになる2013年を迎える間近の年末に亡くなりました。

施行60年の2007年、憲法に込めた彼女の思いがまとめられたインタビューが掲載されています。

ぜひご覧ください。

◇日本国憲法の「男女平等」を起草した ベアテ・シロタ・ゴードンさん 
Q憲法にどんな思いを込めましたか?
(2007/5/1東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/hold/2008/sokkyo/news/200705/CK2007050102019250.html

2013年、強さと自立がさらに声高に叫ばれるでしょう。

それに対して、私は、やさしさと支え合いの基盤を大切に生きていけたらと思う初頭です。

2012.12.24

女性の労働のいま 30代の苦悩・現実

今年上半期の連載がこの秋に書籍化された毎日新聞「リアル30’s」。

ご存知でしょうか。

毎日新聞リアル30’s
http://mainichi.jp/feature/real30s/

今月には、女性の労働・生活に焦点をあてた特集が始まりました。

2000年以降の非正規化の進行と、とまらない少子化、社会のゆとりのなさ。

その矛盾が女性の労働・女性の貧困となって浮き彫りになっているように感じます。

連載はツイッターでも感想も含めて発信・拡散されています。

30代の当事者世代はもちろんですが、上の世代はどう感じ、その下で働く世代や学生はどうとらえているのか。

とても気になるテーマです。

リアル30’s:選べてる?/1 産みたい、働きたい
http://mainichi.jp/feature/news/20121218ddm013100037000c.html

リアル30’s:選べてる?/2 私を使い続けて
http://mainichi.jp/feature/news/20121219ddm013100040000c.html

リアル30’s:選べてる?/3 私が働く、私が稼ぐ
http://mainichi.jp/feature/news/20121220ddm013100003000c.html

リアル30’s:選べてる?(4) 私の居場所どこかに
http://mainichi.jp/feature/news/20121223mog00m100016000c.html

リアル30’s:選べてる?(5) ここに希望はある?
http://mainichi.jp/feature/news/20121224mog00m100039000c.html

2012.12.13

若者の死因の半数は自殺という社会

総選挙があるのに、原発や政局は報じられても、貧困、生活保護の課題が報じられない。

取り上げられることがあっても、バッシング寄りだったり。

それでも、ここ数日、東京新聞、朝日新聞などでもようやく貧困などをテーマにした記事が目立つようになってきました。

ダイヤモンド・オンラインの連載では、若者と生活保護が取り上げられました。

近づく投票日、結果はどうなるでしょう。

人にやさしい選択がされるでしょうか。それとも、強くあれという流れでしょうか。

ダイヤモンド・オンライン連載「引きこもりするオトナたち」
「若者の死因、半数が自殺」はなぜ起きたか
就職できない、生活保護も受けられない若者の孤独
(ジャーナリスト池上正樹 2012/12/13)
http://diamond.jp/articles/-/29315

2012.12.09

「今年の漢字」を予想してみた の巻

12月12日に、「今年の漢字」が発表されます。

日本漢字能力検定協会によるものです。
http://www.kanken.or.jp/years_kanji/

恒例の京都・清水寺で。

1995年から、

震、食、倒、毒、末、金、戦、帰、虎、災、愛、命、偽、変、新、暑、絆

と続いています。

過去の「今年の漢字」
http://www.kanken.or.jp/years_kanji/history.html

これは、投票数で、全体の数%がどんな字に集まるかで決まっています。

私の予想を3つほど。

1つめは、

「脱」

脱原発デモが広がった年です。政治・社会もこれまでの道筋から脱する必要があるとさまざまな声や動きがあった年です。

2つめは、

「信」

「国民に信を問う」ことを「近いうち」に行うとした野田首相。マニフェスト違反やブレ、政治不信がかつてなく高まった年です。

3つ目は、

「空」

金環日食や月食など、同時に空を見上げることが多かった年です。ツイッターなどでその様子を共有することも広がりました。一方で、政治や社会に空しさを感じる人も多かったのではないでしょうか。

そんな理由で、

私は第1候補「脱」、第2候補「信」、第3候補「空」の3つの字をあげて、

12月12日の発表を待ちます。

より以前の記事一覧

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